今月のドイツ出張では、前半は古都マインツの近くに住む友人宅にお世話になり、後半にミュンヘンに移動してIAAを取材しました。速度無制限のアウトバーンは、ドイツのモビリティの象徴的存在であり、400〜500kmなら鉄道よりも自動車での移動を選択する人も多いお国柄です。アウトバーンの充電環境はどうなのか、EVではどの程度のスピードで走ることができるのか、実体験をお伝えします。(タイトル写真は、バーデン・ヴュルテンベルク州のエネルギー会社EnBWの急速充電ステーション)
レンタルしたのは話題の「BYD Atto3」
6月にドイツのレンタカー大手のSixt(ジクスト)のサイトでEVを探した際に、出てきたのはテスラ モデル3、BMW iX、BYD Atto3の3つのモデルでした。このうち、テスラはフランクフルトまで行かないと借りられないので、iXかAtto3の選択となりました。航続距離はどちらも420kmですが、ミュンヘン中央駅での乗り捨てで、価格はBYDが150ユーロでBMWは200ユーロ超えでしたので、BYDを試してみることにしました。
移動の当日は日曜日で、マインツ中央駅の傍のSixtまで友人に送ってもらいましたが、駐車場にはAtto3が数台ある他、上海汽車傘下で欧州でシェアを伸ばしているMGのEVであるMG4が何台も並び、さらに吉利(ジーリー)傘下のLYNC &COの車両もありました。受付の男性に、こんなにEVを揃えて借りる人がいるのかと尋ねたところ、街乗りでは結構人気があるとの回答でした。
マインツ駅のレンタカーSixtの駐車場に置かれたMG4(EV)。
Atto3には日本のBYD販売店で試乗していたので、ある程度勝手はわかっていましたが、ナビゲーションについては、スマホのGoogleマップをミラーリングして使うか、車載ナビを使うか迷っていました。結局ミラーリングの仕方がよくわからず、車載ナビを使うことに。BYDのセンターディスプレイは大型でしかも90度回転して縦にも使えるのですが、BYD本社広報の女性によると、TikTokの動画も縦長なのがこの機能を採用した理由だとのことです。
受け取った車両は、走行可能距離がカタログ値とピッタリの420kmと表示されていました。私が日本で体験してきたEVでは、大体カタログ値の8〜9割程度の表示になるので、これは顧客を安心させるためでしょうか。
充電器の表示がアウトバーンにはない?
Sixtの予約が成立した際に、同社のHPでは、目的地までの最適ルートと推奨充電ポイントを表示する機能があります。ミュンヘンまでは、A5/6号線を南に下り、カールスルーエから8号線に入ってシュトッツガルトをかすめて向かうルートと、フランクフルトから東南にA3号線をとってニュールンベルク方面に向かい、そこから南下してアウディの本社があるインゴルシュタットを通るルートがほぼ同距離で、どちらを使おうか迷っていました。結局、よりメジャーで交通量が多いルートであるA5/6を利用した方が充電環境もよく代弁してくれるだろうと考え、そちらのルートを選びました。
Atto3のナビ画面。9時40分にマインツ市街を出るところで走行距離417km、到着時刻は13時46分と示している。
アウトバーンを走行し始めて100キロを超えたあたりから充電器を探したのですが、ナビ上では数キロ先に充電器◯口とリストアップされるのですが、パーキングの入り口では、EV充電器の存在を示す表示が見つけられず、どこにあるのだろうと心配になってきます。トイレ休憩で立ち寄ったあるパーキングでは、E-onの充電器を見つけましたが、それはかなり古そうで、ACの普通充電と急速のチャデモとCCS(※2)が一口ずつで、出力も低いものでした。※2:Combined Charging Systemの略。通称コンボ。欧米が主導して導入した急速充電規格。
アウトバーン沿いのパーキング入り口の標識。よく見るとLPG給油マークの横にEV充電器のマークがあるが一眼ではわかりづらい。この点は、SAやPAの入り口にEVマークを大きく表示している日本の高速道路の方がわかりやすい。
アウトバーン沿いパーキングの充電器は古く低速のものが多いようだ。この時も写真のバンがチャデモを、メルセデスのEQAがコンボを使っていた。
残りレンジ表示が190キロ(走行距離は177km)、電池残量が45%になったところで、EnBWの24口あるスポットをナビ画面上で見つけて目的地にセットすると、それはアウトバーンを降りてから500mくらい走ったところにありました(タイトル写真参照)。アウトバーン沿いのパーキングには、大規模な充電設備を入れるスペースがないためか、最新の大口の充電スポットは、ほとんどアウトバーンを降りたところに設置されているようです。
充電はQRコードからの決済で無事完了
このEnBWの充電スポットは一機(4口)が300kWのパワーで、全部で12機24口もある立派なものでしたが、クレジットカードとQRコードからの決済のどちらも上手くいかず困っていたところ、近くで充電していたキュプラEVの女性が声をかけてくれました。彼女の助けを借りてもその充電器では結局決済できなかったのですが、隣接するガソリンスタンドにも2機ほど充電器があるのを見つけてくれて、そちらの充電器ではQRコードを読み込むと、なんと日本語で表示され、めでたくカード決済できました。
ここでの正確な充電量は分かりませんが、最初は80kW程度の出力で入り始め、45分間で100%になったので、おそらく30kWhは入ったでしょう(Atto3の電池容量は60.5kWh)。充電後は電池残量100%、航続距離420kmの表示にきっちり戻りました。
ガソリンスタンドにあった充電器で充電中は隣接するマクドナルドでランチ。
アウトバーンで120km/h、右端レーンの走行はややフラストレーション
A6線はほとんど3車線で流れは良い。
結局、ミュンヘン中央駅のSixtにはバッテリー残12%(走行可能レンジ50km)で到着しました。正確な電力使用量はメモし損ないましたが、大体80kWh程度を使用したと思われます(電費にすると18kWh/100km、5.6km/kWh)。
目的地に到着した際、全行程の電費などを示した画面を撮り忘れた。SOC 80%以上で返却する場合はもう一回充電する必要がある。
時間とコストを考えれば鉄道利用が圧倒的に有利
今回のトリップは、充電時間や休憩を入れて6時間程度の移動になると事前に予想していました。実際は、筆者の体調の関係で100kmごとに休憩をしたり、充電に手間取ったりしたので、9時半にマインツを出てミュンヘンに着いたのは17時を回ってしまい、7時間半もかかったことになります。体調が普通で充電もスムーズなら6時間でいけたと思いますが、エンジン車なら5時間以内、飛ばせばノンストップ4時間切りもできたと思うので、やはりEVでの長距離移動は余裕を持って動ける人でないと、フラストレーションが溜まりそうです。
時間はかかったが、ミュンヘン中央駅(写真奥)に無事到着。
コスト的には、EVのレンタカーが車両保険やVAT(19%)を含めて220ユーロ、充電料金が30.15ユーロ(4898円)で合計250ユーロでした。これをほぼ同価格のVWゴルフのディーゼルを利用すれば、燃料代41ユーロ(6560円)で(※3)EVの方が少しお得だったことになります。※3:燃料を20km/L、軽油1L=1ユーロ85セントで計算。
ちなみに同区間を鉄道(ICE)で移動した場合は、マインツを9:42に出てフランクフルトで乗り換え、ミュンヘンには13:26に着きます(3時間44分)。料金は69.90ユーロです。そう考えるとコストでは鉄道が1/3で、時間ではクルマは飛ばせばほぼ同等。到着駅からの最終目的地までの移動を考えると、クルマを選ぶ人がいても不思議ではありません。

軽油が1リッターで1ユーロ84セント、ガソリンが1ユーロ96セントと価格が逆転している。1ユーロ=160円で換算すると300円を超える。
BYD Atto3のインプレッション
最後にAtto3に試乗しての感想ですが、普通に運転するには十分な加速力(204馬力)がありますし、電費についてはアウトバーンで120km/h平均で走り(一部区間は150km/h巡行含む)、5.6km/kWhの電費はなかなか優秀だと思います。一方で、スピードを上げた際の直進安定性は今ひとつで、ステアリングを切った時のフィールは、VWやアウディなどに乗り慣れた筆者には少しdull(鈍い)に感じました。風切り音は速度を上げてもそれほど気になりませんが、急ブレーキをかけると結構大きな音が足回りから聞こえてきました。
大きなセンターディスプレイにナビゲーションマップを表示し、速度やパワーメーター、電池残量などをハンドル奥のコンパクトなメーターディスプレイに集めているのは見やすいと思いました。一方で、ACCの設定やレジューム(resume)の仕方が運転しながらではなかなか分からず、レーンキープ機能も白線に近寄った時の修正舵はほとんど入らないのに、振動による警告は頻繁で、何を基準にワーニングを出しているのかつかめませんでした。
Atto3のドイツの価格は44,625ユーロからと、テスラモデル3の42,990ユーロ、VW ID.4の42,635ユーロと比べて安くないので、価格競争力は中国や日本ほどではないと思われます(但し、BYDドイツのホームページでは、2年リースで月199ユーロという破格のリース料金の設定あり)。中国の価格から考えれば、35,000ユーロ程度でも良いはずですが、EUの10%の輸入関税がかかることと、安売りせずブランド価値を高めたい思いもあるのかもしれません。これに比べると、1クラス上のシール(Seal)のセダン(バッテリー容量82.5kWh)は、44,900ユーロとかなり安い印象です。
元アウディのチーフデザイナーの手によるAtto3のデザインはなかなかスタイリッシュ。
アウトバーンで長距離移動を頻繁にする人は少数派
このアウトバーン体験から、ドイツではEVはまだ難しいのではないか、という感想を持ったわけですが、元アウディジャパンのマーケティングディレクターで、今はドイツルノーで販売の責任者を務めるマイケル・ローエ氏にIAA会場で話したところ、「そんな長距離移動を頻繁にするユーザーはごく一部だ」というコメントが返ってきました。
確かにドイツの世帯はクルマの複数所有が多いので、一台はEVで一台は長距離移動用にエンジンのついた車、という選択肢もあるでしょう。また、航続距離がカタログ値で600キロを超えるEVなら、アウトバーン走行で400キロを超えるトリップでもギリギリ充電なしでの移動も可能でしょう。充電インフラがもう少し整えば、EVにスイッチすることへの抵抗はさらに少なくなるかもしれません。
アウトバーンに130km/h以下の速度規制を導入すべきといった提言も以前からあり、今回のIAAでもいつものように環境団体の反クルマデモもありましたが、今のところ一律の速度制限を導入する動きはないようです。ドイツ在住30年の友人は、日本の鉄道システムは精密にコントロールされており、CO2を本気で減らすなら、ドイツはもっと鉄道交通を本格的に見直すべきとも言っていました。
一方、マインツ近郊のインゲルハイムに5年前に居を移した別の友人は、ドイツの鉄道は30分程度の遅れは当たり前である上、移動の途中で先行列車の遅れのため突然自分の列車が運行打ち切りになったなどの苦い経験があるようで、ドイツの鉄道をあまり信用しておらず、旅行もほとんど車です。
ドイツの輸送部門(Transport)の年間CO2排出量は約1億5000万トンで30年前からほとんど減っていない(出典:Clean Energy Wire)。
ドイツでは自動車が基幹産業ですから、強制的にクルマから鉄道にシフトさせるような税制などは取らないでしょうが、輸送部門からのCO2排出量はほとんど減っておらず、2030年までに約半分に減らすためにカーボンフリーのモビリティにシフトしていく上で、どういう選択をしていくのか注目していきたい所です。(了)
●著者プロフィール
丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。
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