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車をオーダーメードする未来、製造の変革がカギ

いずれ自動車販売店を訪れる唯一の目的は、体のサイズを測ることになるかもしれない。

機械が自動車購入者の臀部(でんぶ)をレーザーで正確に読み取り、データを販売店か少量生産のオートメーションセンターの3Dプリンターに送信する。その間に購入者は人工知能(AI)が作成した何千もの仮想の色やパターンに目を通し、自動車を画一的に大量生産する今の時代にはありえない方法で自分の好みに合わせてアレンジする。数時間か数日後、あなたの夢の自動車用シートが配送センターに現れるーー。

ジンガー・ビークルの工場で行われているレーザー3Dプリンターを使用した工程の一部

こうした個人輸送機関をオーダーメードする世界と現状とでは、技術に関してはそれほど多くの違いはない。しかしそうした世界を実現するには自動車メーカーが設計、製造、販売の方法を根本的に変えなければならないだろう。変化のスピードも変える必要がある。皮肉なことだが輸送セクターなのに動きはあまり速くない。

現在の業界標準を見ておくと、個人を重視した自動車製造の未来を理解しやすい。米国史上、最も人気のある自動車の一つであるトヨタの中型セダン「カムリ」を考えてみよう。カムリは外観こそ滑らかだが、実際には鋼やアルミニウム、合金でできたさまざまな小型部品を組み合わせて造られている。型で打ち抜かれたり、押出成形されたり、プレス加工されたり、鋳造されたりして出来上がった部品を、さまざまなメカニカルファスナーや溶接、接着剤を使って「ユニボディ」と呼ばれる頑丈な構造に組み立てている。

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こうした自動車製造方法は融通が利かず、多くの労働力が必要で正確性に欠ける。エネルギーの使用量、排出量、原材料コストも大きい。にもかかわらず、さまざまな理由から自動車業界はなかなか次世代型の製造工程を採用しない。

例外はテスラだ。同社は数年前に「ギガキャスティング」と呼ばれる技術に投資を始めた。多くの部品の代わりに高圧で鋳造した大型のアルミ鋳造物を使う。最初に開発したのはイタリアのサプライヤーのIDRAで、ギガキャスティング用の巨大なプレス機はテスラの世界戦略の基盤となり、業界をリードする収益をあげる上で極めて重要な役割を果たしている。

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テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は過去のインタビューで、アンダーボディ(車体底部)を高圧鋳造して完璧な寸法の一つの部品を作り、多くの部品や工程を排除することを目指していると話していた。

ギガキャスティングで製造された構造物は鋳造機からほぼ完成状態で現れる。「加工もトリミングも何もする必要がない」とマンロー・アンド・アソシエーツ(ミシガン州オーバーン)の製造コンサルタント、サンディ・マンロー氏は話した。「魔法のようだ」

新たな製造工程はカーボンフットプリントへの対応にも役立つかもしれない。西側の従来型自動車メーカーは何らかの「ネットゼロ」――温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」だけでなく、今世紀半ばまでに排出を全てなくす、または相殺するというはるかに高い基準も含む――を約束している。

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従来型の自動車メーカーがネットゼロの達成にどれだけ真剣に取り組んでも、これまでのやり方で自動車を造り続ければ達成は「不可能」。先進製造コンサルタント会社ダイバージェント・テクノロジーズ(カリフォルニア州トーランス)のケビン・ジンガー氏はそう話した。自動車の全ライフサイクルでの排出量という点では、「今の車の造り方はどのような燃料を使うか以上に環境に大きな影響を与えている」と同氏は述べた。

ジンガー氏が思い描いているのが「自動車製造を非物質化する」、つまり消費する材料やエネルギーを劇的に減らすことだ。世界中の何千という小規模の3D印刷工場で「生産を民主化」してそれを実現しようとしている。

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2015年創業のダイバージェント・テクノロジーズは付加製造の技術サービス、つまり3D印刷――AIによって可能になった設計最適化やロボットによる組み立てを含む――を自動車産業や防衛産業の顧客に提供している。ジンガー氏の息子のルーカス氏はエール大学で電気工学の学位を取得したあと、2017年に同社に入社した。2019年、2人はジンガー・ビークルを創業。3Dプリンターで製造した部品が大半を占める革新的なハイブリッド車「ジンガー21C」を作るためだ。

ジンガー氏によると、ジンガー21Cは車両重量が約1400キログラム、最大出力は1250馬力で、停止状態から時速60マイル(約97キロメートル)の加速時間は2秒未満で、4分の1マイルの走行時間は8.1秒だ。昨年夏には完成に近い試作品が米国各地のレース場で記録を更新した。

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それでもタイヤは3Dプリンターで製造されておらず、ガラスやカーボンファイバー製パネルも従来の方法で作られている。V8エンジンブロックは6軸機でロボット操作によって鋼片から加工されており、3D印刷に十分近い。

残りのほとんどはレーザー焼結という付加製造工程でジンガー独自のさまざまな高性能合金から作り出されている。筆者が最近、同社を訪れた際には、ルーカス氏がジンガー21Cの前輪ブレーキの「ノード」――ほぼバスケットボール大のクモの巣状の金属の構造物で、ステアリングナックルやハブ、ブレーキキャリパーの代わりになる――を見せてくれた。一部は空洞で、油圧システムが搭載され、空気を通すようになっている。「こういうものは従来の機械では作れなかった」と同氏は話した。

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トヨタは購入者の欲求、気まぐれ、ニーズ、あこがれを先取りしたいと考えている。

2022年、カリフォルニア州にあるトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の設計研究者は、文章を基に写真のようにリアルな画像を作成する生成AIモデル「ステーブル・ディフュージョン」を使った車両設計の実験を開始した。同モデルは、「滑らかで男性的なクーペ」といった漠然とした曖昧な指示を基にラフスケッチを作成することが可能で、人間の設計者はそこから作業を進めることができる。

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このAIモデルのデータセットは「確かに自動車向けに最適化されていなかった」とプロジェクトリーダーのアビナシュ・バラチャンドラン氏は話した。その後、TRIのチームは空気力学上の効率の観点から画像を分析するようにAIモデルを訓練している。同氏によると、同チームにとって次のステップは、他にどのような工業量を推測可能かを把握することと、トヨタの設計資源と過去のエンジニアリングデータを全て組み込む方法を見つけることだという。

自動車の美観をAIが最適化することに少しでも不安を感じるのであれば、トヨタの技術は常に人間が指揮していることを分かってほしいとバラチャンドラン氏は言う。「われわれの仕事は設計者やエンジニアの仕事を強化するだけで、彼らの代わりをすることではない」

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