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【海外トピックス】「IAAモビリティ 2023」でわかったこと、“EVはモビリティシフトの一環である”

ミュンヘンで開催された「IAAモビリティ 2023」は、50万人以上の来場者を集めて日曜日に閉幕しました。土曜日だけでもOpen Spaceに10万人以上が来場。出展者700以上、世界初の発表が300件、82カ国から3700人のメディア・ジャーナリストが参加し、来場者の92%が「素晴しい(excellent)」または「良い(good)」と評価したということです。試乗回数は4000回の自転車・eバイクを含めて計8000回。また、40歳以下の来場者が3分の2を占めました(主催者発表)。(タイトル写真は、アウディとポルシェが展示したヴィッテルスバッヘン広場。主催者提供)

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IAAミュンヘン取材の事前テーマ

「EVは本当に計画通りのペースで普及していくのか」、「中国自動車メーカーの脅威はどの程度本当なのか」、これらは、今回ミュンヘンに行く前に頭にあったテーマです。IAAモビリティを含めて10日間のドイツ滞在を通して、自分の目で見て色々な人の話を聞くことで、こうした問いに対する筆者なりに回答が得られました。IAAミュンヘン取材の総括として、わかったことを3つお話しします。

その1、モーターショーの新しい形が示された

これは、前回の記事でも触れたことですが、IAAモビリティに行きたいと思った理由の一つは、前回の屋外展示の写真を見て、あの美しいミュンヘンの旧市街に溶け込んで自動車が展示されている様子をこの目で見てみたい、というものでした。自動車をホールという閉鎖空間ではなく、本来人が見たり運転したりする屋外の公共の空間で見ることの意味は、実際のクルマの色や大きさが把握しやすいことに加え、街の建物や空間の中に置くことで、デザインだったり、使用形態を想像しやすいことにあります。

また、ホールの中よりも広いスペースが取れるので、混雑が緩和され見る側のストレスが少ないことも重要です。ミュンヘンの場合、アクセスの良い旧市街の景観を背景に、メーカーのブースで無料の飲み物で渇きを癒したり、ベンチで休憩したりしながら、それぞれのペースで展示を見ることができます。

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ルートヴィヒ通りの展示風景。手前はBYDブース、奥の白い建物はルノー。

観光の名所である旧市街がコンパクトで、“Open Space”と呼ばれる屋外モーターショーを開催するにうってつけであり、「スマートシティ」化が進められていることが、モビリティショーとして装いを新たにしたIAAの開催地にミュンヘンが決まった理由の一つでした。

ショーの開催にあたっては、主催者であるドイツ自動車工業会(VDA)を中心に、自動車メーカーや部品メーカーをはじめ、電機・IT・デジタル・ソフトウェアなどのモビリティ関連産業からの広範囲の出展協力と、ミュンヘン市やバイエルン州、連邦政府の綿密な連携があったことは想像に難くありません。

自動車メーカーが展示の中心をOpen Spaceに置いた分、有料(一日券149ユーロ!)のメッセ会場の展示の方は、ボッシュやコンチネンタルなどの自動車部品メーカーをはじめ、ネットワーク技術やソフトウェアを提供するAWS(Amazon Web Services)やモバイルアイ、クアルコムなどのIT大手やテック企業、スタートアップやコンサル、大学や研究機関などが専門的技術・情報を展示し、来場者とじっくり話をする場になりました。ルフトハンザ航空やドイツ鉄道(DB)、eバイクの人気メーカーのライズ&ミューラー(Riese & Muller)などの自動車以外のモビリティ企業もカンファレンスなどに招聘されています。

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ドイツのティア1サプライヤー大手もIT企業との提携を深める。

さらに、IAAサミットと称して、4つのステージで連日プレゼンテーションやパネルディスカッションがぎっちりと組まれていました。5日の開会式には、オラフ・ショルツ首相自ら出席し、バイエルン州首相、ミュンヘン市長およびVDA会長を交えて「コネクティッド モビリティ」と題する1時間のパネルディスカッションに登壇し、会場を見て回っています。ドイツの政治、産業界、アカデミアが一体となって、クルマだけでなくモビリティ社会の将来を真剣に議論していることがわかります。

その2、中国は「脅威」ではなく「好敵手」

今回のIAAでは、欧州市場に迫り来る中国メーカーにドイツがどう対応しようとしているのかも焦点の一つでした。屋外でもメッセ会場でも、ドイツ国外のメーカーとしては最大のスペースに展示して大きな存在感を示したBYDを筆頭に、メッセ会場には東風柳州汽車やLeap motorなどのEV専業メーカーや、CATLやCALBなどの電池メーカー、また屋外会場では、VWから出資を受けたシャオペン(Xpeng)が展示ブースを出しました。

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2015年に杭州に設立されたEV専業メーカー零跑汽車(Leap motor)は、ステランティスとの提携の噂もある。写真は最新の5人乗りSUVモデルC11で4WDの高性能版は400馬力、720Nmの高出力で0−100km/h加速は4秒以下。

また、メッセのサミット棟では、主催者が中国会議(China Conference)と呼ぶ「世界新エネルギー車会議(World New Energy Vehicle Congress)」が中国外で初めて開催され、ドイツメーカー3社(VW、メルセデス、BMW)に中国側からは、上海汽車やBYD、長安汽車、NIOなど中国の自動車メーカーや電池メーカーのトップが勢揃いして講演を行い、「自由で開かれた市場と相互協力」によってグリーンなモビリティを推進して行くことの重要性を確認し合いました。

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世界新エネルギー車会議でスピーチするBYDの王伝福会長。

ドイツ自動車産業にとって、中国は3〜4割の売り上げを占める最重要市場です。NEVの成功でシェアが5割を超えた中国メーカーの躍進で、ドイツを始め海外メーカーが謳歌した時代は終焉しつつありますが、年間2800万台という巨大な需要を持つ中国市場を維持することが、ドイツにとって死活問題であることは言を待ちません。両国は生産工場やR&Dへの投資やサプライチェーンなどで、すでに切っても切れない深い関係にあり、中国メーカーがドイツのホームグラウンドに進出することを拒むことは実質不可能です。

一部のメディア報道では、「ミュンヘンショーでは、中国がドイツを圧倒した」、「ドイツ自動車産業は落日の危機にある」と言った論調がありますが、ドイツはコロナ禍が明けた中国市場において“rude awakening(驚き痛い目にあっている)”を経験しましたが、その現実を厳然と直視して、EVの車台やソフトウェアの開発スピードを挽回すべく懸命にシフトチェンジをしようとしているのです。

VWの出資を受け、同社に中国市場でEVプラットフォームを提供するシャオペンのブライアン・グーCEOは、「ドイツメーカーは最大級の危機感を感じ、変化する決意を見せている」 逆に中国メーカーは、「規模やブランディング、投資の効率化などをドイツから学ばなければいけない」とライバルに対する敬意を表しています。(「 」内はロイター記事より引用)

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ショルツ首相(右)とVDAのヒルデガルド・ミューラー会長。首相は前日にジョギング中に転倒して右目眼帯で登場。

パネルディスカッションに参加したショルツ首相は、「(中国との)競争は『脅威』ではなく奮い立たせるもの(Competition should spur us on, not scare us)」と発言し、EVを軸とする将来の競争にドイツ自動車産業は十分伍していけると自信を示しました。これは、ドイツ自動車産業界の声を代弁しているとも言えるでしょう。実際、会期中に何度も登壇したドイツ3大自動車メーカーのトップからは、脅威を強調したり、保護主義的な措置を促すような発言は一切なく、切磋琢磨して行くというトーンで一貫していました。

こうしたドイツと中国のトップのやり取りを見ていると、世界の、少なくとも欧州における自動車産業は、今後ドイツと中国を軸に回っていくかもしれないという感想を抱きます。今回のIAAに、日本メーカーの姿が見えないことを寂しく思わせる瞬間でもありました。

その3、EVは単なる動力システムの変革ではなく、モビリティシフトの一環

ドイツの8月のBEVの販売比率は、9月からフリート(※1)へのEV補助金がなくなることもあって32%と上昇しました(1〜8月では19%)。それでも、EV販売の増加のペースを危ぶむ声はあり、2030年に55%、2035年には完全ゼロエミッションへの移行に疑問符を投げる向きも少なくありません。※1:カンパニーカーやレンタカーなどの需要。ドイツでは販売の4〜6割近くを占めるという。

筆者も、アウトバーンをEVで走行してみて、充電による時間ロスや高速道路のパーキングにEV充電器が少ないことなどを経験し、そうした懸念を抱きもしました。またドイツ在住で、仕事で頻繁にパリやアムステルダムにクルマで長距離出張する友人から、「充電環境も整っていないし、まだまだエンジン車から乗り換えられない」という話も聞きました。

そうした疑問に対しては、今回のIAAで行政府と産業界と自治体が一体になって、カーボンフットプリントの少ないモビリティへの移行に向けて協力している姿を目にあたりにし、たとえタイムテーブルなどの修正があったとしても、描かれている未来像に変化はないという思いを強くしました。

さらに、もう一つ別の視点を提供してくれたのは、ミュンヘン旧市街でeバイクや電動キックボードが利用されている様子であり、それらマイクロモビリティと路面電車やバスの公共交通機関、自家用車が共存している姿でした。EV化の大名目は、CO2排出の削減であり地球温暖化を抑えることですが、それと同時に、ドイツでは都市の住環境やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を考えていると思い至ったことです。

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ミュンヘン中央駅南口の市電ステーション。ホテルからメッセ会場へ地下鉄のUバーンを、旧市街へはこの市電19番線を使った。プレスパスがあれば乗り放題というのは有難い。

ドイツや欧州の多くの都市では低公害車でなければ都市部に入れないLow emission zone(低排出ガスゾーン)が定められており、これは大気汚染を減らすためですが、今後はパリのように都心部への自動車の走行を禁止する都市も出てきます。都心部を人間にとってより住みやすい環境にするために、クルマではなく、歩行者やマイクロモビリティ、公共交通機関での移動に切り替えることは、渋滞を減らし、エアクオリティや騒音の低減による住環境の改善といった、より総合的な視点での都市デザインが背景にあります。

世界の人口の都市への集中が今後さらに進む中で、electrification(電動化)へのシフトは自動車だけでなく全てのモビリティ手段に関連することであり、単にエンジン車とEVのどちらが正しいかといった狭い視点ではなく、都市環境の向上というライフスタイルデザインの視点から見る必要があるでしょう。

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ミュンヘンの交通規制。積載量3.5トン以上の貨物車は中央環状線(黄色の線)より内には入れない。出典:urban access regulations in Europe

BYDの創始者でCEOであるワン・チュアンフー(王伝福)会長は、同社はCO2を削減するには、まず都心部のバスをゼロエミッション化し、次に同じく貨物用トラックや業務用車両、最後に乗用車という順位でEVの導入を進めてきたと述べていました。

同社の社名BYDは、「Build Your Dreams」の略で、そのミッションは「完全な、クリーンエネルギーによるエコシステムで世界を変える」ことであり、これはテスラとほぼ同じです。ドイツの産業界は、中国企業との競争と協調を通して、彼らがこのBYDのようなビジョンを持つことの真実味を実感し始めているかもしれません。(了)

●著者プロフィール

丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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