ビジネス

自動車

【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

アメリカでは、毎年2月にNADA(全米自動車ディーラー協会)の大会が開かれます。今年も2月初めにラスベガスで、販売店や自動車メーカー、関連企業から23,000人以上が集まって展示や商談、会議が行われました。米国の自動車販売は、コロナ禍とその後の半導体不足などによる供給制限で未曾有の売り手市場となり、ディーラーでは値引きゼロやプレミアムをつけて販売することもありました。コロナが終息し、生産と供給も回復し始めた昨年後半からは販売も「平常」に戻りつつあります。値引きとシェア争いが常態だった自動車販売業界は今回の経験を経て、高い利益率を確保しつつ顧客を満足させる持続可能なビジネスに転換することができるでしょうか。(タイトル写真はNADAホームページより)

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

過去2年の「パーティ」を懐かしむも、平時のビジネスへの転換は着々と

自動車メーカーには、各国に販売ネットワークの全国組織があり、その代表者たちで作る「ディーラー評議会(カウンセル)」と密接に相談しながら販売政策を決めています。評議会のメンバーがビジネスの状況をどう見ているかは、そのブランドの現在地を知る上での手がかりになりますが、今回のNADAで、米オートモティブニュース(AN)が、米国、日本、韓国、欧州の20以上のブランドのディーラー評議会会長に行ったインタビュー記事を読むと、今の米国自動車販売のあり様が見えてきます。

その1 マージンを犠牲にした値引き販売にはおさらばしたい

昨年の米国の自動車販売は1560万台で前年比12.6%の伸び(※1)でした。これは、過去最高の2019年の1700万台にはまだ及びませんが、販売店の一致した声は、一台当たり数千ドルものインセンティブ(値引き)をつぎ込んだ乱売には戻りたくないというものです。2023年前半までは、在庫が入った瞬間に売れていくという販売店にとっては夢のような2年間がありました。値引きもほぼゼロだったため、販売店のマージン分は丸儲けになり、財務はかつてないほど好転したのです。※1:販売台数はANの発表データによる。以下も同様。

昨年後半から供給が徐々に回復するにつれて在庫も増え、値引き額も上昇しています。顧客にとっては、車種や装備、色などを選択できる状況は望ましいのですが、ディーラーにとってはバラ色の時期は終わりました。かつて理想的な在庫レベルは60日と言われましたが、今はトヨタやホンダなど人気の日本車や高級車ブランドの販売店は30日以下が望ましいと言い、それ以外の店も30〜60日の在庫が適正と見ています。販売店は「十分な利益が出てこそ従業員の維持や上質な顧客体験を提供できる」という考えです。そのためには、在庫をできるだけ早く回転させて金利負担を抑えるのが販売ビジネスの一丁目一番地なのです。

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

NADA大会では、顧客維持によるコスト削減、人材育成、慈善活動、デジタル化の対応など様々な販売店向けワークショップも行われる。

もう一つ、今回のNADA会議でテーマとして取り上げられたのが、購入可能性(Affordability)です。金利の急上昇で、かつて300〜400ドルだった月々の支払いは今や平均で700ドルになっています。販売店は、3年36カ月ゼロ金利(三菱)といった低金利ローンや、残価を高く設定したリースで支払額を抑える手法をとって対応しています。昨年362,000台(+9%)と米国販売新記録を達成したBMWは、EV販売の8割がリースだということです(米国政府のEV補助金の「米国内製造」などの条件はリース車には適用されず、外国製EVも7,500ドルの補助金の恩恵を受ける)。

その2 今売れるのはハイブリッド。一足飛びにEVには行けない

自動車メーカーもEVの生産調整に入りましたが、販売店でも今一番売りやすいのは、財布に優しく環境にも良いハイブリッド(HEV)やブラグインハイブリッド(PHEV)です。最高益を更新し北米市場も好調のトヨタは、先週のスーパーボールでTVCMをオンエアした中型ピックアップトラック新型「タコマ」のHEVや、ハイブリッド専用となったニューカムリを導入。ホンダもベストセラーのCR-Vの改良版や新型アコードとシビックのHEVなどが発売され今年も好調が続きそうです。

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

2023年のブランド別販売台数で192万台とフォード、シボレーなど2位以下を押さえて3年連続トップのトヨタの販売店(写真はトヨタUSA)。

HEVをラインアップしないメーカーは、PHEVに力を入れます。昨年比+26%と躍進したボルボはEV転換に力を入れていますが、販売店会長は、XC60/同90/S60などのPHEVが販売を支えていると言います。三菱はアウトランダーPHEVが「ホームラン」クラスの人気です。昨年、363,000台(+23%)と好調のマツダは、今年導入するCX-90のPHEVに大きな期待をかけています。CX-50とCX-70を加えたラージシリーズがブランドバリューの向上に貢献しており、「マツダはもう業界の秘められた謎ではない(Mazda is no longer the industry’s best kept secret)」とフロリダで30年以上マツダ車を扱っている販売店協会の会長は今年40万台の新記録達成に自信を見せています。

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

マツダCX-90は直列6気筒エンジンを搭載するラージシリーズのフラッグシップ3列SUV。PHEVモデルは4気筒エンジンと68kWのモーターを搭載し価格は49,945ドルからとプレミアムクラスとなる。

これに対し、EVへの転換を急いだブランドはやや歯切れが悪く、昨年販売台数が横ばいのメルセデス・ベンツ販売店の会長は、「EVの販売シェアは15%だったが地域差が大きい。ニューヨーク市や東部州は4駆のSUVモデルや高性能な内燃車(ICE)が人気で、今年はハイブリッドやICEに生産をシフトする判断は良い」と語っています。「EVはMSRP(メーカー希望小売価格)から大幅に値引きして売っている」と率直に認めるKIAの販売店も、PHEVやHEVを増やして調整するとしています。

ただ、EVについて期待がないわけでなく、GMシボレーの販売店会長は、「EVは新規のカスタマーを取り込める」と希望を持っていますし、VW販売店は前人気上々のID. Buzzの到着を心待ちにし、アウディはQ6 e-tronに期待をかけています。「クロストレック」、「フォレスター」、「アウトバック」が好調で昨年63万台(+14%)を販売したSUBARUも、EVのソルテラの販売を今年は倍増する計画です。

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

SUBARUソルテラの昨年の販売は8,800台だったが、今年は倍増する計画。

その3 販売代理店制の存続に100%自信。メーカー直販には否定的

今回、ANのインタビューを受けた販売店協会の会長らは、販売のデジタル化の流れは必然と考え、クリック&モルタルのシームレスな顧客体験を提供することには熱心ですが、欧州の「Agency」モデルのようにメーカーが顧客に直接販売して販売店は数%のコミッションを受取る制度には一様に否定的です。欧州ではMINIやアウディなどが販売店との契約を改訂し、今年から国ごとにAgencyモデルへの移行を開始する予定です。

米国にはテスラのダイレクトセールスモデルがあり、後発のEVメーカーもテスラに倣う動きがありましたが、最近はベトナムのVinFastや加州のFiskerが販売店網構築に方向転換するなど、ディーラー制度が揺らぐ兆しはありません。ヒョンデがAmazonと組んで、一部でダイレクト販売を始めましたが、あくまで販売ディーラーを補完するものだと慎重な表現に終始しています。米国では、フランチャイズ法でメーカーが直接販売することは基本的に禁止されており、テスラの販売方法も州によっては係争中です。(一方で、専売ディーラーモデルは、メーカーと販売店の既得権となり消費者に不利という議論もあります。コロナ禍と半導体不足時のメーカーの値上げによって、米国の自動車平均販売価格が5年間で33,000ドルから45,000ドルに上昇した[J.D.パワー調べ]のもその一例かもしれません。)

アメリカのディーラーは近年規模の大型化が進み、リシア(Lithia)モーターズやオートネーション、ペンスキーグループなどトップのグループはそれぞれ250以上の販売店を傘下に持ち、新車と中古車を合わせて年間50万台以上、売上は300億ドル(4.5兆円)に迫る規模です。EVへのシフトにあたり、フォードの高級車ブランド、リンカーン(2023年販売台数81,000台)は200店を、GMのビュイック(同166,000台)は全体の約半分の1000店をバイアウトして再編しつつあります。同時に、フォードは販売店のEV移行プログラムを一時延期して、年間販売台数300台以下の小規模ディーラーにも配慮するなどしています。

バイデン政権のEV化政策に全米販売店協会は「NO!」

米国の自動車販売市場は、年間1500万台、平均単価45,000ドルとするとその規模は6,750億ドル(約100兆円)で、日本の自動車メーカー9社の売上高を合わせたほどの巨大ビジネスです。金利の上昇などで減速が危ぶまれた自動車販売ですが、販売店の足腰は強靭であり、消費者の購買意欲は依然高いものがあります。顧客のニーズに応えて自動車を販売することに、責任感と誇りを持っているのがアメリカの販売業界の特徴と言えるでしょう。

AN紙による昨年の給与調査では、自動車ディーラー社員の平均年収が21万ドルという驚くべき結果でしたが、これは上級幹部のデータが多く反映されたためとしても、NADAの2年前の調査でも高級車ブランドのセールスパーソンは平均で10万ドル(1500万円)近く稼いでいます。また、販売店の多くが、従業員教育や顧客満足を大切にする企業文化を養い、長年の寄付や慈善活動などで地域社会にも貢献しています。

amazon, 【海外トピックス】 「パンデミック以前に戻ることはありえない」米国自動車ディーラーの一致した声

NADAは政治的影響力も大きい。バイデン政権のEVシフトは急激すぎると米国環境保護庁のCO2削減案に反対し、5000のディーラーの署名をホワイトハウスに届けている(写真は、2024年度NADA会長のゲイリー・ギルクリスト氏)。

パンデミック以前の値引きとシェア争いの販売には戻らず、需要と供給のバランスを保ちながら適正な利益を確保し、サステイナブルなディーラー経営が実現できるかは、製品の魅力に加え、自動車メーカーと販売店の相互理解とパートナーシップにかかっていると言えそうです。(了)

●著者プロフィール

丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

【海外トピックス】パリの「SUVに3倍の駐車料金課金案」が住民投票で賛成多数 – スマートモビリティJP

【海外トピックス】50周年の記念の年にフェイスリフトしたゴルフにみる「伝統と革新」 – スマートモビリティJP

【海外トピックス】EVに到来した冬! 来るべき春に新世代EVで跳躍できるかが勝負の分かれ目 – スマートモビリティJP

アルピナD3ビターボはどんなセダン&クーペだったのか? これぞ最高の3シリーズ! 4気筒ディーゼルは5リッター級ガソリンV8ユニットに匹敵するトルクを発揮する感動エンジン!!

アルピナD3ビターボはどんなセダン&クーペだったのか? これぞ最高の3シリーズ! 4気筒ディーゼルは5リッター級ガソリンV8ユニットに匹敵するトルクを発揮する感動エンジン!!

ランボルギーニ ウルス SEは、なぜBEVではなくPHEVを選択したのか?

ランボルギーニ ウルス SEは、なぜBEVではなくPHEVを選択したのか?

“6速MT”もある新型「トルネオ」!? SUV風デザインが超カッコイイ! 日本でも”最高にちょうどいい“「コンパクトミニバン」とは

“6速MT”もある新型「トルネオ」!? SUV風デザインが超カッコイイ! 日本でも”最高にちょうどいい“「コンパクトミニバン」とは

横浜ゴム「GEOLANDAR X-CV」「GEOLANDAR A/T G31」がトヨタ 新型「ランドクルーザー250」に新車装着

横浜ゴム「GEOLANDAR X-CV」「GEOLANDAR A/T G31」がトヨタ 新型「ランドクルーザー250」に新車装着

ママ友の送迎車が「ヴェルファイア」で羨ましいです。かなりの収入がある証拠でしょうか?

ママ友の送迎車が「ヴェルファイア」で羨ましいです。かなりの収入がある証拠でしょうか?

【コラム】400ccクラスの輸入車がいま面白い! ハーレー、トライアンフが新規参入、KTM、ハスク、ロイヤルエンフィールドもあり

【コラム】400ccクラスの輸入車がいま面白い! ハーレー、トライアンフが新規参入、KTM、ハスク、ロイヤルエンフィールドもあり

6速MT搭載! マツダ「小さな高級コンパクト」あった!? クラス超え“上質内装”×めちゃスポーティデザイン採用! 登場期待された「斬新モデル」とは

6速MT搭載! マツダ「小さな高級コンパクト」あった!? クラス超え“上質内装”×めちゃスポーティデザイン採用! 登場期待された「斬新モデル」とは

ヤフオク7万円で買ったシトロエンのオーナー、エンジン編集部ウエダが、フランスの聖地で出会ったとびきりレアなクルマ、その1【シトロエン・エグザンティア(1996年型)長期リポート#36】

ヤフオク7万円で買ったシトロエンのオーナー、エンジン編集部ウエダが、フランスの聖地で出会ったとびきりレアなクルマ、その1【シトロエン・エグザンティア(1996年型)長期リポート#36】

マツダ ルーチェ・ロータリークーペ(昭和44/1969年10月発売・RX87型)【昭和の名車・完全版ダイジェスト055】

マツダ ルーチェ・ロータリークーペ(昭和44/1969年10月発売・RX87型)【昭和の名車・完全版ダイジェスト055】

韓国の現代・起亜自動車、米「最高価値EV」1~3位を席巻…第1四半期の販売量も56%増加

韓国の現代・起亜自動車、米「最高価値EV」1~3位を席巻…第1四半期の販売量も56%増加

TOP STORIES

発見・体験、日本旅行に関する記事
Top List in the World