EVシフトの減速を示すニュースが次々に
EVシフトの減速を示すニュースが次々に発表されている。BMW、GM、フォード、テスラ、リビアン、アップルなど、多くの会社が先行きの見込みをマイナス修正。計画の先延ばしや中止など、現実に応じた修正を余儀なくされている。
ただし、こうなるのはずっと前から分かっていたことで、ようやく世間が悪夢から覚めたということになるだろう。「後出しで言うな」という人が出てきそうなので、本連載の過去記事を遡(さかのぼ)ってみた。まあ本人もいったい何時からマルチパスウェイの記事を書き始めたのかよく覚えていないので、一度おさらいしてみたかったのもある。
BEVシフトが限定的であることを最初に明確に書いたのは7年前、2017年5月の「日本車はガラケーと同じ末路をたどるのか?」だ。
そしてエンジンはなくならないという主張が同じ年の7月にある。「電動化に向かう時代のエンジン技術」という記事だ。
現在の流れに至る原因が欧州の戦略的失敗にあることを書いたのが、同年8月「内燃機関の全廃は欧州の責任逃れだ!」。
トヨタ出遅れ説に対する反論も8月だ。ここでは明確にマルチパスウェイを提案している。「トヨタはEV開発に出遅れたのか?」。
欧州市場が中国メーカーに侵略を受け、特にドイツメーカーが中国に食われるリスクに警鐘を鳴らした記事を出したのが19年3月である。「日本車の未来を考える」。
まあ、こうやって自信を持って過去記事のリンクを挙げられるのも、今読み返して、全ての記事が予想を外していないからだ。まあさすがに中国経済の没落度合いに関しては筆者の予想を上回っているが、超長期的に見れば、ポスト習近平の時代がくれば(もちろんまともな治世の政権にバトンタッチされればという意味だが)、また3000万台マーケットに戻る可能性はあるという意味では、それも外したとは思っていない。
ということで、自慢話と取られるのは承知の上だが、吹き荒れる逆風の中で「自動車産業の走狗」呼ばわりされながら書き続けるのは正直大変だったので、これくらいは書かせてもらいたい。
●EVシフトに必要な“タイミング”
では、そうやって、大勢に抗いながら戦ってきたモチベーションはいったいなんなのかといえば、国策が道を誤ったら大変だという強い危機意識があったからだ。正直なところただのEV信者が何を主張しようが、それは個人の意見なので大きな問題ではない。しかしながらそうやって形成された世論の影響を受けて、国が舵(かじ)を誤ることを恐れていたことが一番大きい。
実際ここで挙げた記事の後、20年の菅義偉政権の誕生で、政府は政策の一丁目一番地にグリーン成長戦略を掲げ、明確に産業シフトを促し始めた。このグリーン戦略は、乱暴を承知で単純化すれば「EVにシフトすればもっともうかる」あるいは「今すぐ果断にEVシフトを行わなければ日本の自動車産業は滅びる」という根拠のない決めつけをベースにした政策であり、今日の世の中の手のひら返しを見た上で振り返れば、それが少なくとも短期的には間違いであったことは、冒頭に書いた通り先行する欧米のメーカー自身が手痛い失敗によって証明してみせた形である。
もちろん「グリーン成長戦略は未来永劫成立しない」とはいっていない。商機を見ながら、脱炭素とビジネス的成功をうまくシンクロさせていくべきというのはその通りであり、それには脱炭素の長距離レースをしっかり読みながら、正確にタイミングを測っていく必要がある。
世の中では相変わらずスマホとガラケーの例えが好きな人が多いが、世の中で語られているほど、その変化は一足飛びで起こったわけではない。その話にもう良い加減決着を付けたいので、少し長いが当時の話を振り返る。若い人にはなんのことだか分からないかもしれないが、その場合この次のページまで飛んでもらいたい。要は結構時間がかかって、インフラが整備されるまで、死屍累々だったのだという話がこれから始まるのだ。
それはインフラが追いついていかなかったことが大きな原因である。今やネット回線は常時接続が当たり前だが、当時は電話回線からサービスプロバイダーのアクセスポイントの電話番号にダイヤルしてサーバにつないで通信を行っていた。そんなことをしていれば電話代は大変なことになる。だから96年に午後11時以降、朝8時までの深夜帯に限定した月額定額制の「テレ放題」というプランが出来て、多くのユーザーがこれを利用していた。いうまでもないが昼間の接続でアクセスポイントが市外の電話番号なのに、通信を続けると平気で電話代が20万円みたいなことが起きたのである。
筆者も当時「MI-10」(カラーザウルス)を海外出張に持っていき、受話器にセットして通信を行う音響カプラーを使っていたが、特に欧州のホテルでは自分でATコマンドを設定しないと、ダイヤルアップができなかった。
そもそもネット環境なんてものは当時の欧州のホテルには存在しないので、ウェールズはブライトンのホテルの電話にカプラーを噛(か)ませ、布団で簀巻きにして「ピーヒャラ」とファックスさながらの通信でやり取りする。不安定で切れるもんだから何度もつなぎ直してリトライだ。そして翌日チェックアウト時に請求された電話代にひっくり返った覚えがある。
●政府の勇み足
さて、そんなわけで、別に携帯端末という理念が出てきたら一気に時代がシフトしたわけではなく、通信規格が進歩して初めてスマホの時代がやってきたのだ。クンロク(9600bps)だのイッチョンチョン(1440Kbps)だという時代には、1Mバイトの写真を送っただけで喧嘩(けんか)になるような時代だった。実際激怒した友人が別の友人を責め立てているのを傍観したことがある。写真を受け取る通信で端末が固まってしまうことがあるからだ。
要するにインフラがちゃんとしないと、そして端末の処理速度が十分でないと普及はしない。リッチ過ぎるOSに対してCPU速度が足りなかったせいもたぶんにあるのだ。93年にデビューしたアップルのPDA「ニュートン」は、14年後の2007年にiPhoneがヒットするまでは、先進性を認められつつもビジネス的には失敗作のレッテルを貼られた。端末単体がいかに先進的であろうともどうにもならなかったのである。
ということで、もう良い加減意図は察しておられるだろうが、EVが普及するためには、インフラとバッテリーが、その概念に追いついてくるまではどうしようもない。しかもそこには充電インフラの事業化や電力ピークの問題や、バッテリーにおける資源開発の問題、それによる環境破壊の問題も、リサイクルの問題も全部重たい宿題として山積みになっている。ただ「いいからやれ!」といってもどうにもならない。
菅義偉首相は21年1月18の施政方針演説で以下のように述べた。
その意気込みや良しなのだが、これを字義通り「変革すればもうかる時代に変わった」と受け取ってはいけないのは、先行する海外の自動車メーカーがすでに証明している。ここばかりは、いくら筆者が主張しても、「いやそんなことはない。挑戦しなければ敗者になる」と反論される水掛け論がずっと続いていた。仕掛けるべきタイミングの話は全く考慮になく、それを言っても「やらない言い訳」と解釈するので埒(らち)が明かなかった。
ようやく現実を目の前にすることによって、決着が付いたのではないか。まあいまだにそれが認められない人もいるのだろうが、どうせ全員に分かれというのは無理な話である。
●内燃機関への投資ができなくなっている
さて、そして一番大事な話である。筆者は国が一度方針を決めると、状況が変わろうが何だろうが、ひたすら決めた方針通りに進むという点を一番恐れている。
役人は先輩がやったことを否定できない。過去に決まったものは決して間違っていてはいけないし、そこには大きな予算が付き、事業を引き受ける外注先も全部セットアップできているので、何がなんでも変えられない。
菅政権はそういう無茶なジャンプを飛んで、判断を間違えた。その結果、あの当時の勢いでスタートした事業が今まさにシステムとなって動いている。それが経産省が進める「自動車部品サプライヤー事業転換支援事業」。通称「ミカタプロジェクト」である。その説明は経産省のサイトから抜き出してみる。
経済産業省は自動車産業「ミカタプロジェクト」を推進しています。ミカタプロジェクトとは、自動車産業に関わる中堅・中小企業者の脱炭素に向けた『見方』を示し、企業の『味方』としてサポートする事業です。具体的には、自動車の電動化の進展に伴い、需要の減少が見込まれる自動車部品(エンジン、トランスミッション等)に関わる中堅・中小企業者が、電動車部品の製造に挑戦するといった「攻めの業態転換・事業再構築」について、窓口相談や研修・セミナー、専門家派遣等を通じて支援する事業です。
この事業が、マルチパスウェイの一環として、電動車部品生産をアドオンしていくという話ならば問題ない。それは健全な話である。しかし問題は「自動車の電動化の進展に伴い、需要の減少が見込まれる自動車部品」の解釈である。需要の減少ペースをどう捉えているか、それは同時に電動化部品の需要増加のペースの話でもある。これが「内燃機関部品を即時止めて可及的速やかに電動化部品に切り替えろ」という話であれば、ペース配分見直しの世界の流れに逆行する周回遅れ政策である。
いま、地方のサプライヤーの間から、「今さら内燃機関用の投資のための融資なんてできません」とメインバンクである地銀から融資を断られる話が聞こえてきている。そのあたりがかなりきな臭い。
冒頭で触れた通り、BMW、GM、フォード、テスラ、リビアン、アップルなど、多くの会社が、EVシフトの先行きの見込みをマイナス修正している最中に、内燃機関への退路を絶って、電動化部品一本足に追い込むようなことがあってはならない。ということで、今筆者はこの関係を追跡調査中である。引き続きその行く先に注意を払っていきたい。
(池田直渡)