自動車産業と国家
自動車産業および自動車市場の盛衰は、その国の豊かさと安定の指標である――。この言葉は今回紹介する鈴木均『自動車の世界史』(中公新書)の冒頭に置かれた言葉である。
【画像】これが現実! 電気自動車の「世界販売台数」を画像で見る(計11枚)
確かに、日本は自動車産業の発展とともに経済成長し、トヨタ、日産、ホンダといった世界的な自動車メーカーの成長とともに経済大国となった。しかし、自動車産業は常に上り調子だとは限らない。競争に負け、かつての輝きを失ってしまう国やメーカーもある。
本書は時代を彩った名車や、スクリーンのなかで活躍した車、自動車産業と国際政治の絡み、各国の公用車など、さまざまなネタを盛り込みつつ、自動車の歴史を語った本であるが、ここでは本書をもとに、自動車生産国の栄枯盛衰を見ていきたい。
本書では自動車生産国を「ティア(層)構造」になぞらえて、ティア(T)1~4国に分類している。T1国は独自の自動車ブランドが複数あり、開発・生産、輸出と進出先での現地生産を行っている国である。
さらに準T1国というカテゴリーもある。T1国にはないような部品を開発・供給でき、スタートアップなどが少量ながら先駆的な自動車を生産している国がこれにあたる。T2国は自動車の生産を行っているが、最先端の開発は弱く、先進国向けの独自輸出が少ない国である。
ここまでが自動車生産国で、以下、T3国は一定程度の豊かさがあるものの自動車の生産を行っていない国。T4国はそれ以外の国で、自動車を中古車を中心とした輸入に頼っている国になる。
EV普及の余波
EV充電ステーション(画像:写真AC)
本書の20~23ページにかけて、1945年、1973年、2000年、2022年のティア構造が図で示されている。ここでは、1973年と2022年のT1~T2国を紹介したい。
●1973年
・T1国:米、日、西独、英、仏、伊、スウェーデン
・T2国:カナダ、豪、スペイン、メキシコ、ブラジル、韓、中、印、マレーシア、ソ連、チェコスロバキア、東独、ルーマニア
・T1国:米、日、独、仏、伊、韓、英、スウェーデン、(中?)
・準T1国:中、イスラエル、クロアチア、オランダ、デンマークなど
・T2国:カナダ、スペイン、メキシコ、ブラジル、印、マレーシア、タイ、露、チェコ、ハンガリー
このリストを見て、まず気づくのが準T1国というカテゴリーの登場である。この準T1国というカテゴリーをつくらないと自動車生産国をうまく説明できなくなった背景には、
「電気自動車(EV)の普及」
がある。
エンジン車の時代は、エンジンの開発・生産とこれに見合った車体の生産には相当なノウハウが必要であり、これができる国とできない国には大きな差があった。
ところが、EVはモーターと電池を積むだけであり、エンジンに関する専門的なノウハウが必要ではない。一方で、その部品は高度化し、部品サプライヤーの地位は向上している。
こうした状況のなか、EVや自動運転技術などを見据えて準T1国というカテゴリーが置かれているのである。
クロアチア急上昇のワケ
ジュネーブモーターショー2016でのリマック「コンセプト・ワン」(画像:ノルベルト・エプリ)
例えば、準T1国のクロアチアはリマックというEVのスタートアップの登場で、T3国から一気に準T1国の仲間入りを果たした。
リマックが2011年に発表したコンセプト・ワンはモーター4基がそれぞれのタイヤを駆動し、合計で1300馬力、最高時速350kmというEVで、2018年に登場した後継のネヴェーラは、1900馬力を超え、最高時速は415kmに達するという。
自動車自体の生産を行っていなくても、今後の自動車に欠かせない部品を供給しているのがイスラエルになる。イスラエルのモービルアイはEyeQ(アイキュー)チップという、単眼カメラ、これから得た画像情報を解析する半導体とソフトがひとつになった商品を開発し、フォルクスワーゲン(VW)、フォード、日産に供給している。さらに中国の吉利汽車(ジーリー)とも提携しており、自動運転技術をけん引する企業になっている。
そして、本書で準T1国というカテゴリーが置かれている大きな理由が
「中国の存在」
である。2022年の分類では、中国はT1国に括弧書きで登場し、準T1国にも記載されている、これは著者が中国をT1国に分類すべきかどうか迷っているためである。
中国は、2001年に「自動車大国」を目指すとした10.5計画が打ち出した。当初は2005年までに乗用車の生産台数110万台が掲げられていたが、その数字はわずか2年で達成された。2009年には中国は世界最大の自動車生産国になっている。
中国EVの台頭
BYD「ATTO3」(画像:Merkmal編集部)
ただし、国際市場において中国車の存在感は薄い。
日本にしろ韓国にしろ、国内で技術を磨いたあと、米国などへの輸出によって存在感を示したが、中国はほぼ国内市場への供給だけで世界一の自動車生産国へと上り詰めた。また、中国国内での自動車生産をけん引したのも
「中国の企業と合弁した海外メーカー」
であり、中国オリジナルの車といっても、なかなか思い浮かばないのが現状である。
このようにガソリン車において、中国はT1国の条件を満たしているかどうかは微妙であるという。しかし、これがEV車になると話は違ってくる。中国は2000年代から都市部での大気汚染に悩まされてきたが、この解決策として選ばれたのがEVだった。
EVにはエンジン開発のための膨大な知識や特許が不要であり、一足飛びにEVシフトを進めるというのは、大気汚染対策というだけではなく、産業政策としても理にかなった選択であった。
五菱(ウーリン)は、もともと日本の三菱の軽トラックをベースとして生産を行っていた企業であるが、2020年には宏光ミニEVという、廉価モデルがおよそ45万円という格安のEVを発売した。
定員は4人であるものの、実質ひとりかふたり乗りで内装もチープだというが、
「これでも十分」
といった層に受け入れられており、2022年には中国でもっとも売れたEVとなった。
歴史と自動車の交差
鈴木均『自動車の世界史-T型フォードからEV、自動運転まで』(画像:中央公論新社)
そして、国際的な知名度をあげているのが比亜迪(BYD)である。バッテリーメーカーから自動車生産に乗り出したBYDは、すでに多数のEVバスやEVトラックを日本に納入している。
さらに2023年1月にはスポーツタイプ多目的車(SUV)のATTO3を引っさげて、日本の乗用車市場にも本格的に参入した。国内ディーラー網も整備する本格的な参入であり、EVによって中国が名実ともにT1国になる将来も十分に考えられる。
T2国では、1973年と2022年を比べて、東側諸国の変動を除けばあまり変化を感じないかもしれないが、1973年にT2国だったオーストラリアが2022年ではリストから抜けている。トヨタや日産、三菱・GMなどが進出したオーストラリアであったが、
・貿易自由化の進展
・賃金上昇
などによってオーストラリアで生産するメリットはなくなってしまったのだ。このように本書を読むと、自動車生産国の栄枯盛衰が見えてくる。
さらに本書は、さまざまな名車を紹介しながら自動車の歴史をたどるだけでなく、著者の専門を生かして国際的な事件と自動車の関わりも明らかにしている。
また、自動車が活躍するさまざまな映画を紹介しているのも本書の特徴のひとつであり、自動車好き、歴史好き、映画好きにとって楽しめる内容になっている。