1.5Lガソリン仕様
ホンダ技研工業が2023年11月に発表していた新型コンパクトスポーツタイプ多目的車(SUV)「WR-V」が、2024年3月22日に発売される。
【画像】えっ…! これがホンダの「年収」です(計9枚)
ホンダWR-Vは、タイに拠点を置く東南アジア太平洋地域の重要な開発拠点であるホンダR&Dアジアパシフィックが開発・設計した。また、同地域の重要戦略車でもあり、生産はインドのホンダカーズインディアが行う。
ホンダWR-Vのスペックが発表されたとき、多くの人が驚いた。この時代、エンジンは
「1.5Lのガソリン」
のみ。駆動方式は
「FF(フロントエンジン・フロントドライブ。エンジンをフロントに搭載し、前輪を駆動する。比較的コンパクトな構造と広い室内空間が特徴)」
のみだった。ディーゼルもハイブリッドもフルタイム4WDもない。メカニズム的には、限りなくシンプルなクルマで、まるで1990年代に戻ったかのようだった。
このクルマが生まれた本来の動機を単純に推測するなら、インドではディーゼル車やハイブリッド車の優先順位は必ずしも高くない。同様に4WDも必要ないケースが多い。日常の足として使うのであれば、シンプルな仕様で車両価格が安く、維持費が安いことが戦略的に重要だったのだろう。
実際、WR-Vは安い。すでに発表されている日本での販売価格は、最もベーシックなグレード「X」で209万8800円だ。WR-Vには三つのグレード設定があり、ミドルグレードの「Z」が234万9600円、トップグレードの「Z+」は248万9300円と250万円以内に収まっている。
ちなみに、ホンダには同じくコンパクトクラスに属するSUVの「ヴェゼル」もある。ハイブリッド車と4WDの両方が用意され、WR-VのXに相当するベーシックグレードは30万円ほど高い239万9100円だ。ヴェゼルの最上級グレードは341万8800円である。
「若者のクルマ離れ」対応可
2024年1月度。四輪車 生産・販売・輸出実績(画像:ホンダ技研工業)
ホンダがアジアパシフィック地域、特にインドでシンプルなメカニズムのモデルを開発・販売するのは理解できる。前述したように、同地域のユーザーの嗜好に合ったモデルであることを考えれば当然だ。
しかし、そのようなモデルをあえて日本で売ろうとした経営戦略の背景には何があったのだろうか。ここでひとつ思い浮かぶのは、大都市圏の
「若者のクルマ離れ」
彼らはクルマに興味がないわけではない。しかし、人気車種は価格が高いし、買ったとしても月々の駐車場代などの維持費がかかる。それなら、公共交通機関を利用すれば満足というわけだ。
若者のクルマ離れとひとくくりにしたが、その内容はさまざまだ。もしかしたら、自分が買える価格帯で気に入ったクルマがあれば、購入を検討する――そんなユーザーもいるかもしれない。今回のホンダの戦略の裏には、一種の“スキマ市場”を開拓しようという意図が垣間見える。
実際、WR-Vの性能には、公平な視点から見ても好ましい点が多い。現在のSUVは、デザイナーが
「ボディをダイナミックに見せる」
ことにこだわりすぎるためか、
・大きなフロントグリル
・威圧的なヘッドライト
が与えられることが多い。もちろんWR-Vもそのセオリーから逸脱しているわけではないが、エクステリアデザインはどちらかというと地味だ。
これらのデザインはヴェゼルにも見られるが、WR-Vはさらにシンプルさをアピールすることで、ヴェゼルとの差別化を図っているようである。
価格と性能の見事な調和
WR-V(画像:ホンダ技研工業)
繰り返しになるが、どんなクルマでも重要なのは、そのクルマが生まれた動機であり、WR-Vの場合は、日本の販売企画部門が立ち止まって、やや肥大化しがちなクルマのスペックを振り返ってみたのかもしれない。
その結果、本来はアジアパシフィック地域向けのモデルが、売り方次第では日本での新商品になり得るという結論に至ったのではないか。販売企画部門からのガッツポーズが想像できる。
走行性能は必要最低限が担保されていれば問題ない。しかし、安全性能は最新のスペックにきちんと準拠していなければならない。たくさんの装備はいらない。なにより価格が安いのはありがたい。クルマに求める条件が明確に決まっているのは、こういう人たちだ。これは若者に限らず、
「最近の機能満載のクルマに飽きたベテラン」
の好みにも合うかもしれない。WR-Vはそう感じさせてくれたといっていい。
個人的には、黒を基調とし、余計な装飾を排したインテリアも気に入っている。その点では、1990年代のベーシックカーをほうふつとさせる“道具感”あふれる空間といえる。
つるしの状態でのシンプルさは、アフターマーケットのパーツ市場がいつまでも放っておかない。SUVだからといって本格的なアウトドア活動をするつもりはない。それでも、日帰りや1泊のキャンプを楽しめるクルマであってほしい。そんなライトユーザーにとって、このクルマのキャラクターと価格はとても好ましい。
シンプルイズベスト。このクルマがさまざまな市場を刺激することを期待したい。