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需要が大揺れ「タイの自動車市場」に異変あり 「次の一手」として重要視するも予測困難に

需要が大揺れ「タイの自動車市場」に異変あり 「次の一手」として重要視するも予測困難に

第45回バンコク国際モーターショー、BYDの出展ブースの様子(筆者撮影)

まさか、こんな事態に陥っているとは――。

【写真】ハイラックスチャンプにエクスパンダーHEVも!バンコク国際モーターショーには興味深いクルマがたくさん

タイの自動車市場に異変が生じていることは、ネット上の情報や日米の自動車業界関係者との意見交換の中で認識してはいた。しかし、改めてタイの現場を取材し、状況を把握したところ、想像以上に複雑な事情が絡み合っていることが分かった。

今回、第45回バンコク国際モーターショーを取材するためタイへ渡航。まずは一般公開(2024年3月27日〜4月7日)に先立って行われたプレスデーで各メーカーの記者会見に参加するとともに、タイ自動車産業の関係者らに話を聞いた。

タイ市場でのもっとも大きな異変は、昨年からの中国BEV(電気自動車)の台頭だ。台頭といっても、あまりにも急激に需要が伸びたため、その反動ですでに需要が下降しているという。では、市場の変化を詳しく見ていこう。

中国メーカーの出展が急増

タイ市場の対外的なイメージは、今回のモーターショーの様子から直接的に感じ取ることができる。目立つのは、やはり中国メーカーのBEVだ。2023年の同ショーでも3社ほどの中国メーカーが姿を見せていたが、今年は中国の主要メーカーの多くが出展し、展示車の数も一気に増えた。

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吉利グループのZEEKRはボルボなどとメカニズムを共有するアドバンテージを持つ(筆者撮影)

ブランドとしては、日本にも昨年から本格進出したBYDを筆頭に、中国地場の上海汽車(MG)、広州汽車(AION)、長城(GWM)、長安、ベンチャーの合衆新能源(NETA)、そして吉利(ジーリー)とボルボの親会社が所有するZEEKRなどで、各ブランドがコンパクトカーから高級スポーツカーまでフルラインナップを展示していた。

これまでのタイ市場といえば、トヨタ、いすゞ、三菱自動車、日産などの1トン積みピックアップトラックが主役であった。農村や個人事業主を対象とした、商用と乗用を兼用できるピックアップトラックが、長年にわたりタイ市場の過半数を占めてきた。

今回のショーでも、数多くのピックアップトラックが展示されていたのだが、それ以上に中国BEVの存在感が強いのだ。

こうしたタイ市場での中国BEVの台頭は、2023年になって一気に進んだ。三菱自のタイ法人によれば、2022年4~9月期と2023年同期を比較すると大きな市場変化が確認できるという。

需要が大揺れ「タイの自動車市場」に異変あり 「次の一手」として重要視するも予測困難に

三菱自動車のプレスカンファレンスの様子(筆者撮影)

2022年4~9月期の市場シェアは、ピックアップトラックが46.5%であり、乗用車ではICE(内燃機関車)が44.4%、ハイブリッド車(HEV)が7.8%、そしてBEVは1.0%だった。

それが2023年4~9月期ではピックアップトラックが33.9%と大きく落ち込み、ICEが47.4%と微増、HEVが9.3%と微増、そしてBEVが9.3%と実に9倍も伸びているのだ。

その後、2023年末の単月ではBEVは20%にまで達したが、今年に入ってから反転してシェアが落ちている。

ネガティブイメージ+与信審査の強化で

こうした直近でのBEV市場の変化について、自動車メーカーのタイ法人関係者の間では「いくつかの中国BEVブランドに対する技術やサービスへの信頼が損なわれ始めている」という共通の認識がある。

また、充電インフラの整備が行き届いていなかったり、充電器があっても故障していたりと、ユーザーがSNSでBEVに対するネガティブコメントを発信している場合もあり、そうした声も市場全体に影響を与えている可能性もあるようだ。

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長安の小型BEV、Luminは低価格も売りのひとつとする(筆者撮影)

足元では市場の見通しがつかない状況にあるため、BEVを生産していない自動車メーカーでも販売店やユーザーとの情報交換を短期かつ定期的に行い、市場動向に関する独自の聞き取り調査を強化しているという。

一方、ピックアップトラックのシェアが落ちているのには、別の理由もある。

最近、タイではローン販売における与信審査が強化されており、ピックアップトラックの主な顧客である農家や個人事業主の収入が安定しないため、ローン審査に通る人がかなり減っているというのだ。

そもそも、タイで中国BEVの需要が一気に増えた背景には、タイ政府が目指すBEV産業構築に向けた動きがある。

タイは「ピックアップトラックのデトロイト」と呼ばれることがあるなど、ASEAN域内、中南米、中東、アフリカなどに向けて、ピックアップトラックを軸足に製造・輸出する政策で成功してきた。

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三菱自動車はラリーアート仕様をはじめ、ピックアップトラックのトライトンを多数展示(筆者撮影)

これによって、トヨタはIMV(イノベーティブ・インターナショナル・マルチパーパス・ヴィークル)、三菱自は「トライトン」やトライトンをベースとした「パジェロスポーツ」、そしてフォードは「レンジャー」といった世界戦略モデルを開発・生産している。

なお、いすゞには「D-MAX」というピックアップトラックがあるが、他社と比べてタイ国内での地産地消の傾向が強い。

補助金制度でタイ国内へ工場を誘致

筆者はこれまで、こうしたメーカー各社の製造拠点のいくつかを現地取材しており、各社のピックアップ開発の状況を定点観測してきた。そうした中で、タイ政府が2000年代から打ち出してきたエコカー政策は、あまり大きな効果がなかったといえる。

それが、グローバルでBEVシフトの流れが見え始めた2017年から、タイ政府は海外からタイへの投資の呼び込み策として、BEV関連政策を強化。BEVを「ピックアップトラックの次の一手」として捉え、BEVにおいてもタイ国内でサプライチェーンを築いて生産台数を増やす構えだ。

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タイ・トヨタのラインナップ。タイなどASEAN域内で生産するモデルが多い(筆者撮影)

近年は、タイ国内でBEVを製造するメーカーへの補助金制度を設けており、それを活用してMG、GWM、BYDといった中国メーカーが、タイで製造拠点の準備を進めている。

また、現状では中国からのBEV輸入には関税がかかっていないため、中国メーカー各社は将来のタイ進出をにらんで初期需要を獲得し、タイ市場に積極的に参入しようと、戦略的な販売価格を設定してシェア拡大を目論んでいる

結果、前述したように充電インフラ整備など、BEV需要に対する社会基盤が十分に整っていない状態にもかかわらず、中国BEVが一気にタイへ押し寄せる状況となっている。そのため、一時的な供給過多が発生しているのかもしれない。

一方、ユーザーの視点では今、中国BEVを買うメリットがある。理由は、物品税率の優遇措置だ。

物品税率は現状、ICE:20%、HEV:4%、PHEV:4%、EV:2%だが、EV以外の税率を段階的に引き上げることが決まっている。

ICEは2026年1月から25%、2028年1月から27%、さらに2030年1月からは29%に。HEVとPHEVは、2030年1月からそれぞれ、10%と5%に上がる。しかし、BEVは2030年1月以降も現状の2%が維持されるのだ。

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三菱自動車が発表したエクスパンダー/エクスパンダークロスのHEVシステム(筆者撮影)

中国メーカーがBEVに対して戦略的な価格設定をしていることに加えて、こうした税制優遇がユーザーの中国BEVに対する購買意欲を刺激している。

ただし、現状で中国BEVに対するリセールバリュー(再販価格)は未知数だ。そのため、中国BEVに対するアーリーアダプターが一巡した時点で、中国BEVユーザー層がさらに拡大するかどうかなど、中国BEVを主体とするタイBEV市場の将来は不透明だと言わざるを得ない。

日系各社のタイ戦略は?

こうした先読みが難しい状況にあるタイ市場において、今回のバンコク国際モーターショーで日系自動車メーカー各社はどのような戦略を示したのか。各社の会見内容や展示モデルについて簡単に紹介する。

タイ市場で市場シェアの約3割を占めるトヨタは、日本でもお馴染みであるグローバルメッセージ「モビリティ・フォー・オール」や各種パワートレインを国や地域の社会環境に合わせて製造販売する「マルチパスウェイ」を強調。

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キャンパー仕様に架装されたハイラックス チャンプ(筆者撮影)

ピックアップトラックでは、日本でコンセプトモデル「IMV 0(アイエムブイ ゼロ)」として公開済みのモデルを「ハイラックス チャンプ」と名付けて昨年末にタイ国内で発売し、多様な用途で活用できる利便性から販売を伸ばしている。

また、タイのリゾート地であるパタヤで、BEVピックアップトラック「ハイラックス REVO e」の実証試験を行うことも明らかにした。

いすゞは、「D-MAX」ベースのBEVを、同社として初のBEVピックアップトラックとして世界初公開。新開発のeアクスルを前後輪、それぞれに配置したフルタイム4WDで、前輪モーターの最高出力は40kW・最大トルクは108Nm、後輪モーターが90kW・217Nmで最高速度は時速130km以上だという。

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D-MAXをベースとしたBEVの先行出品車、D-MAX EV コンセプト(筆者撮影)

駆動用電池はリチウムイオン電池で、電池パック容量は66.9kWh。この電池パック容量は一般的な乗用BEVと同程度であり、このサイズ感のピックアップトラックとしてはあまり大きくない印象だ。

導入はタイからではなく、ノルウェーなどヨーロッパの一部で2025年から。その後、イギリス、オーストラリア、タイなどに広げるという。

BEVバイクにも積極的なホンダ

三菱自動車は、新開発したハイブリッドシステム「e-Motion」を3列シート多目的車MPVの「エクスパンダーHEV」に搭載。タイで生産し、2月から発売を始めた。

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三菱自のMPV、エクスパンダーには新たにHEVモデルが登場(筆者撮影)

基本の電動システムに先代「アウトランダーPHEV」と共通性のあるものを採用することで、量産に見合うコスト削減を実現している。

その他、三菱自では2023年にタイで世界発表し、日本へも導入して販売好調のピックアップトラック、「トライトン」の存在感が大きい。

また三菱自は、農業や商用のみならず、アウトドアやオフロードレースといった領域で、モータースポーツブランド「ラリーアート」を活用した展開を強化する。なお、トライトンは2.4リッターディーゼルターボエンジンを搭載しており、トライトンのe-Motion版は用意されていない。

三菱自は、タイ市場向けの独自のBEV事業戦略については公表しておらず、当面の間はエクスパンダーHEVを軸足としたe-MotionでタイのHEV市場拡大を目指す。

ホンダは、マルチパスウェイをベースとしながら、独自のハイブリッドシステム「e:HEV」搭載モデルを拡充させる。また、今回のバンコク国際モーターショーから2輪車ショーも同時開催となったため、ホンダはBEVバイクについても詳しく説明した。

需要が大揺れ「タイの自動車市場」に異変あり 「次の一手」として重要視するも予測困難に

ホンダはICE、HEV、BEVのフルラインナップで展開(筆者撮影)

日本でもすでに社会実装されている、可搬式の小型バッテリーのモバイル・パワー・パック(MPP)を使う方式について、タイでの普及を検討するという。

スズキは、ジャパンモビリティショー2023でも出展したコンセプトモデル、「eWX」を公開した。

軽自動車サイズの軽ワゴンをあえてタイで公開したことに、他メーカーは興味津々だ。タイでBEV市場に参入することを想定して、実用性を重んじたBEVの現実解を提案しているように感じる。

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スズキeWXは、ジャパンモビリティショーでお披露目された軽自動車サイズのBEV(筆者撮影)

電動車としては、3列シートのHEVである新型「XL7ハイブリッド」を発表した。また、展示ブース内には、既存モデルのカスタマイズ車が並んだが、なかでも「ジムニー」(日本のジムニーシエラ)をベースとしたアウトドア仕様に来場者の注目が集まっていた。

日産は、タイで生産し、日本にも輸出しているシリーズハイブリッド車の「キックス」が電動車の軸足。ピックアップトラックの「ナバラ」もあるが、注目される次期ナバラに関する発表はなかった。

大きな「次の一手」となるタイ市場

このように、日系メーカー各社はBEV市場参入へのポテンシャルを対外的に示しながらも、タイBEV市場の動向を慎重に見極めようとしている。

こうした状況に対して、一部では「日系メーカーは中国市場同様に、タイでもBEVへ出遅れ」といった見方があるが、タイのBEV市場の基盤はまだ弱い。

日系メーカーが知見のあるHEVによって、タイのユーザーや販売店から「電動車に対する信頼」を得ることが先決であるだろう。日系メーカー各社の現時点での経営判断は、手堅い策であり現実解であると感じる。

ただし、2010年代からこれまで世界各地で起こったBEVシフトを振り返ってみれば、政治判断によって投資マネーが大きく動き、日系メーカーの予想に反した市場の動きを見せたケースは少ないため、タイで今後、本格的なBEVシフトが起こらないとは言い切れないだろう。

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日本でも展開する中国のBEVメーカー、BYDは脅威となるかもしれない1社(筆者撮影)

さらにいえば、中国BEVの車載OS(オペレーティング・システム)が社会全体のデータ基盤である都市OSと連動することになれば、タイ市場における中国BEVの存在価値が大きく変わることも考えられる。

いずれにしても、中国政府にとって、タイ自動車市場が中国国内の地産地消型ビジネスモデルからから脱皮するための輸出先として、また海外への製造・輸出拠点として重要な実験の舞台であることは間違いない。

当面の間、日系メーカーのみならず、世界の自動車産業界はタイ市場の動向から目が離せない。

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