ひと昔前と比べて、自動車の安全技術は飛躍的に向上しているが、交通事故が無くなる目途は立っていない。2021年の統計では、日本国内で交通事故にて無くなった方は、約2,600人を超えているという(24時間以内死亡者数)。いつどこで自身が当事者になってもおかしくはない。
昨今は、ドライブレコーダーの普及が進み、あおり運転や交通事故の証拠として、映像を利用する風潮も生まれてきている。証拠映像が撮影できていれば、自己防衛は十分だと考えるかもしれないが、中島氏によると、ドライブレコーダーがあれば、万事大丈夫(=真実を曲げられることはない)ということではないという。
たとえば、ドライブレコーダーの映像によって当事者一方の明らかな過失が確認できなかった場合などは、やはり当事者の証言が重要になってくるところだが、不幸にして当事者の一方が亡くなってしまった、あるいは重度の障害が残ってしまったなどで証言が難しい場合、証言ができる当事者の証言がそのまま鵜呑みにされてしまったり、双方証言ができる場合であっても、声の大きい(主張が強い)側の証言を重視するなど、「みなし」で判決が決まってしまう場合があるそうだ。
交通事故によって遺族となってしまった方々は、たとえ自分の家族のほうに非があるとしても、真実を知りたいとおっしゃる方が多くいるという。中島氏は、「交通事故鑑定人」の存在意義を、客観的事実を示すことで、こうした方々を救済するためにあるのだ、という。
■「日本の交通事故裁判の甘さに気が付いたこと」が、鑑定人のきっかけに
交通事故が発生したメカニズムを科学的に紐解くには、自動車や二輪車、自転車、歩行者が直前にどれくらいのスピードで進んでいたのか、衝突後にどういった軌跡を描いたのか、衝突エネルギーの大きさからボディの潰れ量は妥当か、など、物理学や機械力学、材料力学、化学といった科学的知識が必要となる。
中島氏はもともと、理工系の大学院で信号処理や言語処理といった情報工学系の分野を専攻しており、基本的な理工学の知識は有していたが、交通事故鑑定人を目指していた、ということはなかったそう。転機となったのは、1997年1月に家族が巻き込まれた、自動車-歩行者の交通事故だった。
雪道をオーバースピードで走ってきたワゴン車が、コーナーを曲がり切れず、被害者(中島氏の家族)に衝突、その衝撃で被害者は雪壁へ強く押し付けられ、身体に強いダメージを負ったそうだ。当時、大学院生だった中島氏は、裁判の中で示された相手側の主張「ブレーキを踏んだが利かなかった」に対し、腑に落ちない部分があったという。裁判の際には、物理学の知識を使って相手のクルマ速度を割り出し、相手の矛盾を突く証拠として、証拠となるデータ作成を行い、弁護士へ提出するなどしていたが、7年かかった裁判の最終判決は、相手の主張が全面的に受け入れられた結果となったという。
「科学的事実ではなく、言い分を聞いての大岡裁きとなる事例が多く、日本の交通事故裁判の甘さに気が付いた。そうした判決が許せなかった。」という中島氏。いったんは、ソフトウェアの実証実験などを専門とする企業へと就職した中島氏だったが、一念発起し、客観的事実を解明し事実を鑑定する「交通事故鑑定人」の道へと入り、2007年に「交通事故鑑定ラプター」を設立したという。
証言の矛盾を突く証拠を提出しても、裁判の結果はその証言を全面的に受け入れる結果に。中島氏はそうした日本の交通事故裁判の甘さが許せなかったという
以降これまでに、交通事故の鑑定書作成は100件以上、刑事裁判では無罪判決を得た例や、民事事件では相手側主張を論破し勝訴に貢献すること多数。物理法則に則り、持ち前の工学的知見と映像処理技術によって客観的に事実を証明する力に優れていると、事故鑑定を依頼する弁護士界隈から、絶大な信頼を得ている。
中島氏は、顧客からの依頼(弁護士経由でやってくる)がくると、まず初めに、「分析の結果は、必ずしも有利となる証拠が出るとは限らない」と説明するそうだ。鑑定結果を聞いて「こんなはずではない!」と怒る依頼者もいるとのことで、それでも中島氏は、「我々は、都合で事実を曲げません」と、するという。
我々は、いつ何時、交通事故の当事者となるか分からない。「都合の良い事実」がつくり出され、独り歩きしてしまう前に、専門家へと助けを求めてほしい。
■まとめ
インタビューに答えてくれた中島氏は、優しそうな見た目と、物腰の柔らい語り口調が印象的であったが、主張するべきところでは、理系特有(筆者も理系)の鋭い目つきと、内に秘めた熱意が溢れ出していた。まるで、テレビドラマ「ガリレオ」に出てくる湯川教授のようだ。
次回は、実際にあった交通事故事例とその事実解明結果に基づいて、中島氏が主張する「学ぶべきこと」をご紹介していこう。
Text:Kenichi Yoshikawa
Photo:Adobe Stock
Edit:Takashi Ogiyama
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