パイロットフリートと呼ばれるプロトタイプはX5プラグインハイブリッドモデルがベース(写真:BMW)
「バッテリーEV(電気自動車=BEV)だけでは1本足で立つようなもの」
【写真】BMWの燃料電池車プロトタイプ「iX5」とはこんなクルマ
私にそう語ってくれたのは、BMW AG(本社)のオリバー・ツィプセ取締役会会長だ。
BMWは、2023年2月にベルギー・アントワープを舞台に、燃料電池で走る「iX5」のジャーナリスト向け試乗会を開催した。この燃料電池が、BMWにとって「安定して立つためのもう1本の足」なんだそうだ。
燃料電池車については、トヨタ自動車「MIRAI」やホンダ「クラリティ」(2021年9月で販売終了)ですでにご存じのかたも多いはず。
それしか知らないと、「そんなにいいの?」と疑問に思われるかもしれないけれど、アントワープの街中、田舎道、そして高速道路を走ってみて、iX5のファントゥドライブ性に感心してしまった。
「燃料電池車ではなく、BMWを作れ」
これはまだパイロットフリートとよばれる試作車で、車名のとおりまぎれもないBMWなのだ。iX5は車名のとおり、SUVの「X5」(のプラグインハイブリッドモデル)をベースにしており、操縦感覚はX5そのもの。
基本的にX5と同様で随所にiシリーズのカラーであるブルーがあしらわれている(写真:BMW)
そここそ、BMWが譲れなかったポイントだったそうで、「開発にあたって言われたのは、燃料電池車でなく、BMWを作れ、ということでした」と、本社から来たエンジニアの1人が語ってくれた。
トルク値は発表されていないが、発進加速は力強い。が、ことさらタイヤが空転するようなトルク感を作りだそうとはしていないようだ。ガソリンエンジン車に通じるスムーズさがある。
ステアリングホイールを操舵したときの動きは、やはり車体の反応がよい。カーブでは、操舵に合わせてさっとノーズが向きを変え、望んだとおりのラインを走れる。
一方、少しだけではあるけれど、中立付近でのステアリングフィールが過敏と感じたほどだ。
iX5は、BMWが燃料電池車を作るとどういうものができるかのデモンストレーション。BMWのエンジニアがこだわる繊細なフィールもじゅうぶん実現可能ということなのだろう。
中間加速といって、高速などで短い時間だけ強い加速が必要なときがある。そのときは電気モーターならではの俊足ぶりが味わえる。
燃料電池(唯一トヨタから技術提供を受けているパーツ)の詳細は発表されていないが、MIRAIよりはるかに高い速度域での高速巡航を可能にするのは、BMWがスープアップしているからだろう。
瞬間的な加速にすぐれているのは、特殊なバッテリーという可能性だってある。
市販化まではあと6~7年
詳細は語られていないが、同業者は、「(電気のパワーをぱっと出せる蓄電池のタイプである)キャパシタのようなものでパワーの上乗せをするのでは」と分析。どうなんでしょう。
「実車が販売にこぎつけるまで、あと6~7年はかかりそうです」。水素技術のゼネラルプロダクトマネージャーを務めるユルゲン・グルドナー氏は語る。
ベースになる車両は、今回のようにX5ではないだろうという。2025年発表予定のBMWの新世代電気自動車のための「ノイエ・クラッセ」アーキテクチャーを使うとプレスリリースにある。
「まだまだやることがたくさんあるのです」と、グルドナー氏。私なんぞはこのまま発売してもいいのでは、と思ったが、そういうものではないらしい。
燃料電池車のシステムは、ごく簡単にいうと、水素を分解してマイナス電子を取り出し、それを使って電気を作り、モーターを駆動するためのバッテリーに貯蔵。
モーターを駆動するので、電気自動車のバリエーションだ。
メルセデス・ベンツは、1990年代から燃料電池に取り組んできたが、2020年になってダイムラートラック社は大型商業車への搭載にシフトする旨を発表した。
日本の燃料電池車も、スムーズな走りで、電気自動車のいいところをしっかり持っているものの、充填ステーションの数や水素燃料の価格ゆえ、あえて選ぶという選択肢は見つけにくいのも事実。
「燃料電池は、船舶や大型トラックの業界が注目している技術です。なのでいま投資を呼び込めていて、これからインフラが大きく成長することが期待されます」
会長がわざわざミュンヘンからやってきた試乗会。ジャーナリストに水素への期待を語ってくれた。
アントワープ港には水素充填ステーションが開設されている(写真:BMW)
「水素はリニューアルエナジーであるばかりか、貯蔵も運搬もできるという高い効率を持っています」
水素の価格もこれから下がる可能性があると、MIRAIを開発したトヨタ自動車の担当者も語ってくれたことがある。
BEVだけでなく燃料電池車も未来の選択肢
CO2などを排出しないクルマというと、バッテリー駆動のEVと、今回の燃料電池のEVがある。どっちかでなくてはダメということはなく、選択肢が多くなったのがうれしい。
BMWによると、BEVがこのまま増えていくと、充電ステーションなどインフラのコストが飛躍的に上がっていく可能性があるという。
FCVのための水素は(前記のように)価格など解決すべき問題はあるが、それがうまくいけば、全体として効率がよくなるとみている。
日本も欧州なみに充填時に特別の免許がいらないとか、ステーションが24時間営業しているとか、いろいろ越えるべきハードルはある。
車両でいうと、日本の燃料電池車に課せられた水素タンクの圧力基準は厳しすぎるし、15年たったら高価な水素タンクを交換するという義務など、“どうなんだろうなあ”と思うことが存在する。
iX5であらためて燃料電池車のポテンシャルの高さに気づかされた私としては、規制によってせっかくの日本の技術がガラパゴス化し、国際競争性が失われるのを、いたく心配するのである。