アップルのティム・クックCEO(写真:picture alliance/アフロ)
- 米アップルが自動運転・EV関連プロジェクトを打ち切るという報道が世界を駆け巡った。
- 他の巨大テック企業と比べて出遅れているとされる生成AIの開発にリソースを大規模にシフトさせる狙いがあると見られている。
- 生成AIが自動車関連事業のゲームチェンジャーになるというのは、どういうことか?(JBpress)
(桃田健史:自動車ジャーナリスト)
日本時間の2月28日早朝、アメリカでの報道を受けて日本でも「アップル・EV関連事業計画の打ち切りか?」というニュースが報道機関各社から一斉に流れた。
アップル関係者の談話として、同社が量産化を目指して約10年間にわたり研究開発してきた電気自動車(EV)や自動運転技術へのプロジェクトを打ち切り、リソースを生成AI(人工知能)にシフトするという内容だ。
アップルは2月に米国でMR(複合現実)端末「Vision Pro」の発売を始めた(写真:AP/アフロ)
本稿執筆時点でアップルからの正式なリリースはない。
筆者はアップルが自動車産業への事業参入を発表した2013年からアップルなど米IT系企業の多くが本拠地を置くシリコンバレーで、自動車とITとの関連性について定常的に取材をし、IT関連の関係者らと意見交換もしてきた。
そうした中で、アップルがいま、報道にあるような決断をしたことに対して、筆者として違和感はない。
その上で、アップルの事業計画をベースとして、一連のアップル関連の報道を踏まえて今後の自動車産業界の流れについて私見を述べる。
「SDV」を踏まえて生成AIへシフトか?
アップルの今回の判断は、グローバルでEVの普及が中長期的に進まないことを示唆するものではない。
【関連記事】
【EV市場が「踊り場」のワケ】ESG投資バブルも終わり、エネルギー地産地消には大きな壁…やっぱりハイブリッド?
ESG投資とは、従来の財務情報だけではなく、環境・社会・企業統治を考慮した投資のことだ。
アップルとしては、こうした時代の流れの変化を再確認した上で、EVや自動運転の事業戦略を抜本的に見直したとも考えられる。
ただし、中長期的な視点ではグローバルでEVの普及が進むという見方が世界の経済界では主流である。そうした中、アップルとしては、このタイミングで社内の大規模プロジェクトを打ち切り、リソースを生成AIにシフトする明確な判断材料があるはずだ。
生成AIを軸にクルマ関連事業を組み直し?
アップルが、生成AIにシフトをする可能性が高いと見られる背景には、「SDV」の存在が考えられる。
経済産業省の資料によれば、SDVとはソフトウェア・デファインド・ヴィークルの略で、「ユーザーに選ばれるクルマ・サービスを提供し、競争に勝って行くために、開発・設計の効率化と、機能・サービスの高負付加価値化という両輪を実現するための手段」と説明している。
これを噛み砕くと、クルマの開発・設計ではソフトウエアとハードウエアを分離し、ソフトウエアを先行させる。ここに生成AIを活用する。
また、ユーザーへのサービスとしては、通信によってソフトウエアのアップグレードを容易にすることで、クルマ側の自動運転技術やエンターテインメントを最新化する。ユーザーそれぞれのサービスに対する要求についても、生成AIの活用が考えられる。
つまり、アップルとしてはクルマのハードウエアへの関与から、ソフトウエアを総括的に管理できる生成AIの研究開発に注力することで、社会全体におけるモビリティ事業への影響力を増し、それよって多様な分野で事業性を上げることが考えられる。
課題は車載OSへの関与が乏しいこと
アップルが自動車産業への参入を正式に公表したのは、2013年6月開催の同社アプリケーション開発者向けカンファレンス「World Wide Developers Conference」だった。
iPhoneとクルマが通信でつながる仕組み「iOS in the car」を発表した。これが翌年、「CarPlay」となった。これを追うかのように、ライバルのグーグル(現アルファベット傘下)からもCarPlayに近い仕組みとして、アンドロイドフォン向けの「Android Auto」が登場した。
OSはコンピュータの運用の基盤となるソフトウエアであり、いわばルールブックのような役割を果たしている。これを車載OSに組み込むことで、クルマの走行データや、ユーザーの個人情報などにも自動車メーカー以外の事業者がアクセスし管理することが可能になる。
CarPlayとAndroid Autoは、あくまでもスマートフォンなど通信機器とクルマとの親和性を高めることが目的であり、自動車メーカーにとって重要度が車載OSとは大きく違う。
その後、自動車メーカーはアンドロイドOSとの共存を模索していくことになるが、アップルは車載OSへの直接関与は行ってこなかった。
「Apple Car」は幻に?
こうした流れの中で、グーグルは自動運転の研究開発を進め、自動運転技術を開発する「ウェイモ」がグーグル(アルファベット傘下)から分社している。
一方、アップルの場合、EVや自動運転に関して「タイタン」と呼ぶ社内プロジェクトがあることをアップル幹部が認めてきたものの、その詳細については明らかにされてこなかった。EVのハードウエアの生産委託先として、台湾企業などとの関係が噂されることも何度かあった。
EVは「走るスマホ」とも言われたが…写真は2007年に「iPhone」を発表するスティーブ・ジョブズ( 写真:三井公一/アフロ)
結局、アップルは車載OSに関与せず、EVというハードウエアと自動運転技術を組み合わせることで事業性を検討し続けてきたが、生成AIというゲームチェンジャーの登場によりクルマ関連事業での立ち位置を抜本的に見直す必要に迫られたのではないだろうか。
Mac、iPhone、iPad、Apple Watchと広がってきたアップルの製品・サービスが、「Apple Car」まで発展することはこのままなくなってしまうのだろうか。
いずれにしても、約10年に及ぶEVと自動運転の研究開発が、今後のアップルの事業全体に役立つことを期待したい。
桃田 健史(ももた・けんじ)
◎Wikipedia
■その他の著者の記事
【EV市場が「踊り場」のワケ】ESG投資バブルも終わり、エネルギー地産地消には大きな壁…やっぱりハイブリッド?(2024.2.22)
地に落ちたダイハツへの信頼、距離が遠い「お客さま」の離反を食い止めるには製販分離の「壁」の克服が不可欠(2024.2.15)
4月「ライドシェア一部解禁」に向け、タクシー事業者の「見切り発車」相次ぐ(2024.2.9)
マツダSUV「CX-5」の雪上性能を700km走って徹底検証、「CX-60」との違いは?(2024.2.7)
日産「アリア」vs「エクストレイル」、雪上走行で実感した「e-4ORCE」の実力(2024.1.30)
「日本型ライドシェア」4月解禁、東京タクシー・ハイヤー協会が自らやる理由(2024.1.13)
日本版ライドシェア解禁に大きな懸念、当事者不在では地域の理解は得られず(2024.1.8)
新型「アウトバック」、「スバルらしさ」を冬場1400km走行で再認識(2024.1.6)
DMM.comが充電インフラ、「テスラ方式」「CHAdeMO」にダブル対応する理由(2023.12.19)
スズキの新型「スペーシア」を試乗、ミリ単位で追求した「室内の広さ」を実感(2023.12.10)
マツダ「MX-30 Rotary-EV」を試乗、ロータリーエンジン「発電」車の妙味(2023.12.6)
トヨタ「クラウン クロスオーバー RS Advanced」で1200km走破、乗り心地検証(2023.12.3)
>>もっと見る