大切な愛車が盗まれるリスクについて、日頃から考えているオーナーはそう多くないかもしれない。しかし日本全国において、自動車盗難事件は1日あたり約14件も発生している(*1)。
*1 警察庁発表の自動車盗難認知件数(2021年、5182件)をもとに算出
さらに、盗難のターゲットになるのは希少な高級車だけではない。プリウスやアクア、アルファードやハリアーなど、売れ筋の車種も盗難件数ランキングの上位に入る。盗難被害に遭うリスクは、思いのほか身近に潜んでいるものなのだ。
そうは言っても、被害を防ぐにはどうすればいいのだろう。ここでは、盗難に遭ったオーナーの悲痛な体験談を取り上げながら、警察やカーセキュリティの専門家が考える“効果的な盗難対策”を紹介していく。
盗難後、被害車両の位置を特定するも……
昨年8月、Aさんはレクサス・LCを購入。レクサスでも高価な車種だが、盗難のターゲットとなるケースをあまり聞かないことから、大がかりな対策はしていなかったという。
しかし納車からわずか1ヶ月、Aさんは思わぬ形で愛車が盗まれたことを知る。
盗難後、発見されたAさんのLC
「外出中、iPhoneに見たことのない通知が来たんですね。万が一のために、車にAirTag(Bluetoothを用いたAppleの紛失防止用アイテム)を載せていたのですが、それが駐車場から移動しているという通知でした。
最初は盗難の可能性に思い至らず、何かの間違いだと思っていましたね。でも、それからまた通知が来て、今度は数キロ以上も移動していたんです。『あ、これはヤバい、盗まれたんだ』と思って、すぐに警察に通報しました」(Aさん)
窃盗に用いられた手口は、小型デバイスにより車両制御プログラムをハッキングする「CANインベーダー」であり、純正セキュリティは難なく突破されていた。加えて、純正のGPS装置も逃走前に取り外されていたという。
その後、車はコインパーキングに置かれているところを発見されましたが、犯人はその場を離れており、捕まえることはできませんでした。車のナンバープレートは精巧に加工されていて、警察は『完全にその筋のプロだろう』と話していました」(同前)
このケースはSNS上で話題となり、盗難対策としてAirTagが有効であるとの声も聞かれるようになった。しかしAさん自身が「AirTagや社外GPS装置はあくまでお守り」と話すように、これらのアイテムは窃盗行為そのものを防ぐものではない。通知に気づけず対処が遅れたり、装置が犯人に見つかってしまったりする可能性もある。
さらに、運よく発見できたとしても、車が無傷で済むとは考えにくい。実際にAさんのLCも、盗難の際に内外装にダメージを受け、修理費用は100万円を超えてしまったという。
ハンドルロックをわずか数秒で突破
全国有数の自動車盗難多発地域である茨城県の警察本部に話を聞くと、そもそも盗難に遭った車両が見つかることは稀であり、2021年に県内で起きた自動車盗難事件のうち、発見に至ったのは「約4%」とのことだった。さらに発見されたケースでも、窃盗の作業によって部品や車体が損傷していたり、輸出のために解体されていたりといった例が珍しくないという。
やはり対策のうえでは、「窃盗行為そのものを防ぐ」という観点が必要だ。実際に、窃盗犯が盗難を断念するケースにはどのようなものがあるか。
茨城県警によれば、盗難が未遂に終わったケースにおいて、「バー式ハンドルロック」や、エンジン始動の「隠しスイッチ」、「警報装置(セキュリティシステム)」といった対策が犯行を未然に防いだ例が見られるという。
しかし、こうした対策をしていたにもかかわらず、被害に遭ってしまったオーナーもいる。
レクサス・LXを所有していたBさんは、購入から3年の間、4度の盗難未遂に遭っていた。屋外駐車で狙われやすい環境だったこともあり、駐車場には3台の監視カメラを設置し、車両にはタイヤロックとホイールロック。一見万全の態勢にも思えるが、計画的な犯行を阻止することはできなかった。
「実は被害に遭う前の段階で、監視カメラに怪しい映像が残されていたんです。2、3人のグループが車の中を覗いたり、周囲の様子を確かめたり。これは窃盗の下見かもしれないと思い、その映像を警察に提出したんですね。
しかし事前に捕まえることはできず、下見から1ヶ月ほど経ったある日、駐車場から車がなくなっていました」(Bさん)
持ち去られるまでにかかった時間は数十秒
監視カメラの映像を見ると、ハンドルロックはサンダーのようなもので切断され、タイヤロックは発進時の駆動力で強引に外されており、持ち去られるまでには数十秒しかかかっていないことがわかる。
同時に車も発見されたのですが、確保の際にカーチェイスのような状態になり、犯人がガードレールに突っ込んでしまったと。フロントが大破し、廃車にせざるをえない状態でした。
その後、犯人から補償がなされるわけでもなく、届いたのは弁護士が代筆した謝罪文1通のみ。自身の車の損害は、車両保険で賄う形でしたので、未加入であれば泣き寝入りするしかなかったと思います」(Bさん)
このようなケースについて、日本カーセキュリティ協会の会長を務めながら、カーセキュリティショップ「A2M」を経営する攪上智久(かくあげ ともひさ)氏は次のように語る。
「タイヤロックやハンドルロックを目にして犯行を断念するケースもありますが、窃盗犯にもレベルがあります。とくにランクルやLXなど、海外で高値で取引される車の場合には、プロの窃盗グループが周到に準備をしたうえで犯行に臨むことがほとんどです。
組織的な犯行のターゲットにされてしまうと、これらのツールはわずかな時間稼ぎにしかなりません」
エンジン始動の「隠しスイッチ」は有効か
次に、「隠しスイッチ」についてはどうか。隠しスイッチにもさまざまな種類があるが、もっとも手軽な方法として、燃料ポンプの配線にスイッチを噛ませる「フューエルカット(*2)」がある。
*2 イグニッションとは別の回路を設け、燃料ポンプの始動を車内に隠したスイッチで制御する。スイッチOFFの状態では、燃料がタンクから吸い上げられず、エンジンが始動しない
「フューエルカットは比較的リスクが小さく、作業自体もそう難しくないので、DIYの盗難対策として目にすることがあります。スイッチが見つからない限り車は動きませんから、その点はもちろん有効でしょう。ただ、警報などが鳴るわけではないので、犯人にスイッチを探す猶予を与えてしまう可能性があります。
さらに、周到な窃盗犯は、ターゲットの車両が車庫にある時間帯や、持ち主が家にいない時間帯を事前に調べています。そうした下調べの段階で、『このオーナーは毎回エンジンをかけるたびにどこかを弄っているな』と気づかれ、設置場所が把握されてしまうリスクもあるでしょう」(攪上氏)
こうしたリスクはフューエルカットに限らず、隠しスイッチ全般に当てはまるものだろう。加えてDIY作業の場合にはとくに、走行中の衝撃でスイッチがオフになったり、配線が断たれてしまったりといった可能性も考慮しておきたい。
車上荒らしで「全損扱い」の被害
さらに、タイヤロックやハンドルロック、隠しスイッチに共通する弱点として、「車内への侵入を防げるわけではない」という点が挙げられる。たとえ車両が盗まれなかったとしても、「車上荒らし」に遭うリスクが残ってしまう。
朝、Cさんが駐車場に向かうと、すでにそこには近隣住民の通報により駆けつけた警察官の姿と、変わり果てた愛車の姿があった。車体からはタイヤと社外ホイールが持ち去られ、車内からもバケットシートが奪われていた。窃盗の手口は原始的なものであり、車内への侵入は窓ガラスを割って行われたと見られる。
証拠隠滅を図ろうとした犯人は……
さらに卑劣にも、犯人は証拠隠滅を図ろうと、車内とエンジンルームに消火器を噴射していった。
パーツの被害だけであれば修理のしようがあるが、消火器の粉末は完全に除去することが難しく、配線や金属部分のサビにもつながる。そのためほとんどの場合、任意保険では全損扱いとされてしまうのだ。
なお、被害に遭ったCさんはこの事件についての情報提供を呼びかけている。盗難パーツに心当たりがある場合には、 当人のTwitterアカウント のダイレクトメールから連絡されたい。
車内に入られた時点で大きなリスクが
上のようなパーツ盗難は、特別な知識がなくとも実行に移せるため、プロの窃盗グループではない人間による場当たり的な犯行も多いという。
「窃盗犯のなかには、車を盗む技術はないけれども、お金になるものは何でも持っていってやろうという人間も少なからずいます。数万円、十数万円のために手当たり次第にパーツを盗むことは、知識がなくてもできてしまうことなんです。
窓を割られるだけでも、消火器を撒かれて全損になってしまうリスクが生じるので、車を守るにはまず車内に入れないための観点も必要になりますね」(攪上氏)
総じて、盗難被害を予防するには、「車を動かせない状態にする」だけでなく、「車内への侵入を未然に防ぐ」観点が重要だ。タイヤロックやハンドルロック、隠しスイッチといった方法だけでは、この2点を兼ね備えることは難しい。
それでは、愛車を守るためにできる万全の対策とはどのようなものか。
INFORMATION
取材協力
カーセキュリティプロショップA2M
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