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EV失速とハイブリッド回帰! そんなときこそ、本当のクルマ好きは「EV」について熟考すべきだ

アップル撤退、EVシフトの踊り場

 現在、電気自動車(EV)に代わってハイブリッド車(HV)の販売が急速に伸びている。

【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計16枚)

 英調査会社JATOによると、米国では2023年4~6月期から3四半期連続でHVの販売台数がEVの販売台数を上回り、2023年10~12月期のトヨタ自動車の米国でのHV販売台数は前年同期比49%増の約18万台と過去最高を記録した。各メディアが指摘するHV優位の理由は以下の通りである。

・価格が安い(EVの平均価格は約5万9000ドル、HVは約4万2000ドル)

・自動車ローンの金利が上昇している

・内陸部では充電設備が少ない

・蓄電池は寒さに弱く、消費者に不安を与えている

“EV大国”となった中国でも、補助金打ち切りによる割高感を背景にHV販売が伸びている。その結果、世界の自動車メーカーは急ピッチで進めてきたEVへのシフトを遅らせている。メルセデス・ベンツでさえ、2030年までにすべての新車をEV化するという計画を撤回した。フォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズ、ヒョンデなどもEV強化の方針を撤回、HVの新型車を投入し、生産台数を増やす計画だ。

 こうした流れを受けて、EV市場への参入を目指していた企業のなかには、撤退するところも出てきている。2月、ブルームバーグなどの報道によると、アップルは10年あまり取り組んできた通称「アップルカー」の開発中止を決定、経営資源をEVから生成AI(人工知能)分野にシフトするとしている。同社の撤退は、順調に見えたEVシフトが踊り場を迎えている証拠だ。

全固体電池の革新

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全固体電池(画像:トヨタ自動車)

 カーボンニュートラルの切り札として注目されてきたEVだが、その普及は夢物語に終わるのだろうか。

 筆者(山本肇、乗り物ライター)は、最近のHV人気の再燃を理由にEVシフトを疑問視する意見を否定したい。今後の技術進化の結果、EVシフトは確実に進むからだ。

 技術進化のカギは、高性能電池の開発である。現在、EVに使われているリチウムイオン電池は1990年代に実用化されたものだ。現在、自動車業界ではこれに代わる次世代の全固体電池の実用化に向けた研究が続けられている。

 全固体電池は、EVのゲームチェンジャーとして期待される新技術だ。その特徴は、中身がすべて固体であることだ。従来のリチウムイオン電池は液体の電解質を使用していたが、電解質がすべて固体なのだ。その結果、次のようなメリットが期待できる。

・小型化できる

・容量が大きく、充電速度が速い

・発火の危険性が低く、高温でも低温でも性能を発揮する

 これらのメリットを持つ全固体電池がEVのスタンダードになれば、EVはさらなる進化を遂げると期待される。

マツダのEV戦略

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マツダのウェブサイト(画像:マツダ)

 ガソリン車の場合、燃料パイプなどの構造が複雑で、ガソリンタンクやエンジンはどのメーカーのどのモデルでも似ている。それに対して、EVは構造が極めてシンプルで、配置も比較的自由度が高い。

 そのため、従来の自動車の発想を超えたデザインの車体を開発できる。構造がシンプルなため、自動運転や充電器の遠隔制御など、従来の自動車にはないスマートな技術開発や新規参入の機会を導入しやすい。小型で高性能な全固体電池の普及は、EVの性能向上だけでなく、全体的なイノベーションをもたらすと期待されている。

 しかし、これはあくまで将来への希望にすぎない。現状ではHV回帰が起こり、EVへの注目が薄れていることは否めない。このような状況下で、自動車業界各社は現事業で利益を上げながらEVの技術開発を進める方針を打ち出している。

 例えば、マツダは2022年の経営方針で、中大型エンジン車の収益でEV開発を推進する方針を示している。2025年3月までを電動化戦略の「フェーズ1」と位置づけ、電動化への移行・準備・推進に取り組んでいる。

 2023年11月、電動化に対応する新組織「電動化事業本部(略称:e-MAZDA)」を発足させた。この組織の目的は、社内のEV関連部署を一元化することにある。同社がEV事業を推進できる背景には、ガソリン車が利益を生み出していることがある。

 同社の2023年度上期(4~9月)の世界販売台数は、前年同期比20%増の約61万6000台となった。売上高は前年同期比41%増の2兆3173億円、営業利益は同135%増の1296億円と、いずれも過去最高を更新している。

EV低価格化の影響

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プリウスのウェブサイト(画像:トヨタ自動車)

 さて、HV回帰の流れのなかで、HVの代名詞ともいえるプリウスを生産するトヨタが注目を集めている。これまでトヨタは、CO2排出量削減という本来の目的からHVが重要というスタンスをとってきた。

 2022年11月に新型プリウスが発表された際、登壇したサイモン・ハンフリーズ氏(クルマ開発センター デザイン領域統括部長)は、HVを作り続ける理由として

「『みんなの手が届くエコカー』だから」

と語っている。長期的な視点に立てばEVも重要な選択肢のひとつだが、CO2削減に貢献する環境対応車は、各地域の特性や市場の状況を考慮しながら投入していく方針だ。HV回帰の流れのなかでプリウスにこだわったことが評価されているが、本当に評価されるべきは、会社の体力を生かして、どちらにもシフトできる体制を整えたことだ。

 これは正しい。というのも、EVの低価格化が進めば、状況はまた変わる可能性が高いからだ。EVの低価格化はこれから本格化すると見られている。2024年1月、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、海外進出を進める中国のEVメーカーに対抗するため、2025年後半に低価格EVモデルを投入する計画を発表した。

 エントリーモデルは2万5000ドル(約370万円)前後で販売される見通しだ。中国メーカーは低価格モデルの投入に積極的で、2023年9月には中国大手の比亜迪(BYD)が税込み価格363万円からのEV「ドルフィン」を日本市場に投入した。補助金を活用すれば実質298万円から購入できる。今後も低価格モデルの投入が続けば、EVは「誰もが手の届くエコカー」の座を占めることになりそうだ。

日本のEV戦略の展望

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2024年2月27日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

 こうした海外メーカーの動きを前に、日本の自動車産業が対抗する手段は開発投資である。日本車が海外で高い評価を得ているのは、言うまでもなくその性能と品質の高さである。故障が少なく、長寿命という消費者の最も重要なニーズを満たすことで、信頼を勝ち得てきた。

 EVシフトが遅れているといわれる日本メーカーだが、日本車への信頼は衰えていない。そのなかで、低コストで信頼性が高く、故障の少ないEVをどこまで追求できるかが勝負の分かれ目となる。日本メーカーが既存モデルの利益をEV関連の開発に投資する動きは正しい。

 EV関連の有望な開発はいくつかある。ひとつは、トヨタやソニーグループなど日本の大手企業8社が設立した、次世代半導体を日本で生産する合弁会社「ラピダス」だ。同社は北海道千歳市に工場を建設中で、2027年の本格量産開始を目指している。

 また、EVにとって重要な電池の技術開発も進んでいる。EV用電池の世界シェアは中国と韓国が大半を占めている。日本車がEV市場で勝ち抜くためには、日本での生産能力増強が不可欠である。

 日産自動車は、ニッケルなどの高価な材料を使用しない新興国向けリチウムイオン電池を自社生産するための研究開発を進めている。トヨタも日本政府の支援を受けて国内生産能力を拡大している。前述の全固体電池は、10分以内の充電で1200kmの走行ができるものが、2027年から2028年に実用化される見込みだ。

「ものづくり」で世界の信頼を勝ち得てきた日本が、再び力を取り戻すチャンスである。日本逆襲のときだ。しかし、長期的にはEVが主流になる。この点をしつこく強調したい。HV回帰の流れにある今だからこそ、風見鶏のようにHV礼賛派になってはいけない。HV回帰の今こそ、ホンモノはEVについて、未来について冷静に熟考するのである。

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