利便性向上への挑戦
時代はハイブリッド車回帰である。しかし、その“山”を越えた向こうにあるのは、電気自動車(EV)である。いうまでもない。そこで急がれるのが、EVを気軽に充電できる環境の整備だ。「充電切れ」の不安を解消し、EVでのドライブを快適にするためには、身近な場所に充電できる設備が欠かせない。
【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計18枚)
しかし、充電スタンドの数はまだまだ十分とはいえない。車両価格、車両重量、航続距離などと同様に、EVシフトにかたくなに反対する人たちも、この課題について指摘することでカタルシス(ため込んだ感情の解放)を得ている。そこで本稿では、充電スタンドの増加策をさまざまな角度から検討する。地球のために、日本のために。
周知の事実だが、現状の充電スタンドは、十分にとはいい難い。和歌山大学の谷口祐太氏の論文「山村地域におけるモビリティエネルギーの孤立実態調査」では、
「全国的な充電スタンドの設置状況に着目すると、30分程度で160km走行可能な充電量を確保する急速充電器は、道の駅やカーディーラー、大型ショッピングセンターなど限られた施設に設置されているのみである」(『和歌山大学Kii-Plusジャーナル』2021)
としている。
充電スタンドの設置が増加していた当初から、利用者の利便性を考慮した設置場所の選定や運用体制の整備は重要な課題となってきた。2013(平成25)年頃にはすでに次のような課題が提示されている。
「現状(注:論文は2013年発表)の利用実態での課題として、現在、多くの急速充電スタンドは、役所や公共施設、自動車ディーラにあるため、土日、祝日、年末年始には急速充電スタンドの大半が使えなくなることが挙げられる。また、公共施設は平日でも午後6時以降には使えなくなる。また、自動車ディーラは東京地区では火曜日が一斉休日であり、EVにとっては“魔の火曜日”である(一部では、セルフサービスで対応)。また、設置希望場所の上位に、コンビニエンスストアがあるが、充電中の時間の過ごし方に困るなどの意見を聞く。今後の充電スタンドのビジネスモデル、サービス体制作りでは、利用者に対して、きめ細かな配慮が必要になりそうだ」(池谷知彦「EV本格普及に向けた充電インフラ構築の動きと課題」『電気学会誌』133巻1号)
都心と地方の格差
充電スタンド(画像:写真AC)
残念ながら、この論文から10年近くたった今でも、こうした問題の多くは解決されていない。
2021年の国土交通省「カーボンニュートラルに向けた自動車政策検討会」に提出されたeモビリティパワー(東京都港区)の資料「充電インフラの課題解消と拡充に向けた取り組み」では、充電スタンドに関して次のような問題点を挙げている。
●都心部
・充電器設置場所の確保が困難である
・有料駐車場や自動車販社に設置されているケースが多い
●地方部
・空白地域/区間が残る
この資料が指摘するのは、都心部での充電器設置の偏りだ。充電スタンドの多くは、有料駐車場に集中しており、充電するためだけに駐車料金を支払う必要があり、気軽に利用できる環境とはいい難い。
また、駐車スペースを持たない店舗や建物が多いため、おのずと新たな設置場所が限られている。特に需要が高いと考えられる住宅密集地域や商業エリアで、設置場所が限られていることはEVの普及を妨げる要因ともなる。
また、充電スタンドの適切な配置を考える上で、
「カバレッジ(網羅率)の確保」
も重要な課題だ。
空白地域解消とステークホルダー関与
2024年3月25日発表。主要11か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)
こうした“空白”を解消するためには、一定間隔での計画的なインフラ整備が求められる。
しかし、カバレッジを確保するために充電器を設置しても、EV台数が少ない現状では稼働率が低く、費用回収が困難という問題も生じる。それでも、EVユーザーがストレスなく移動できるようにするには、充電スタンドを適切な場所に配置することが不可欠であることは間違いない。
充電スタンドの設置計画を立てる際には、
・利用者の利便性
・アクセスのしやすさ
を最優先に考えなければならない。具体的には、EVユーザーが日常的に訪れる
・商業施設
・観光地
・高速道路のサービスエリア
・道の駅
など、利用頻度の高い場所を戦略的に選定することが求められる。
また、長距離移動の際に、安心して立ち寄れる充電ネットワークの構築も重要だ。都市部と地方部をつなぐ
「主要幹線道路沿い」
に、一定間隔で充電スタンドを配置するなど、広域的な視点でのインフラ整備が必要になる。
こうした取り組みには、各種の民間施設や地方自治体、関連企業など、多様なステークホルダー(利害関係者)の理解と協力が欠かせない。それぞれの立場や利害関係を調整しながら、効果的な設置計画を推進していくことが重要だ。
なにより、商業施設にとって、充電スタンドの設置は顧客サービスの向上と集客力アップにつながる可能性がある。
充電スタンド設置の障壁
例えば、駐車場を備えた商業施設の場合、充電器を導入することで、EVユーザーのニーズに応えることができる。現状、EVの充電には10%程度の充電でも30分ほどの時間を要するため、その間、ドライバーは施設内で買い物や食事、休憩などを楽しむことが予想される。
つまり、充電サービスの提供は、来客の滞在時間を30分程度
「延長させる効果」
それでもなお、充電スタンドの設置には課題がある。特に
・初期費用
・維持費用
は、大きな障壁だ。例えば、急速充電器を1基設置する場合、次のような費用が必要とされる。
●初期費用
・充電器本体:76万円~640万円(最多価格帯200万円~250万円)
・設置工事等:250万円~1000万円
●維持費用
・電気料金:40万円~100万円(月100~200回利用)
・保守保険等:30万円程度
充電器の設置費用については、国や自治体、民間企業の支援制度を活用することで、負担を大幅に軽減できる。
例えば、現在、国では令和5年度補正予算で「クリーンエネルギー自動車の普及促進に向けた充電・充てんインフラ等導入促進補助金」を設けている。これに加え、自治体独自の補助金や、民間企業が実施する導入支援金などを併用することで、設置費用の半分から全額をカバーできるケースもある。
こうした支援制度を積極的に活用し、初期投資の障壁を下げることが、充電スタンドのさらなる普及につながると期待される。
公共施設での充電スタンド整備
しかし、運用面での課題は依然として残る。特に、維持費用は運営者の負担となるため、採算性の確保が大きな課題だ。商業施設の場合、充電サービスの提供によって集客効果が見込めるとはいえ、高額な電気料金をまかなうだけの収益を上げられるかは不透明だ。
上記のように、充電器1基あたり月に100~200回の利用があったとしても、電気料金だけで年間数百万円のコストがかかるのは明らかだ。この採算が取れなければ、継続的な運営は難しい。
そこで、重要になるのは、地方自治体が主導して、公共施設に充電スタンドを整備することだ。実際、近年では全国の自治体でシェアサイクルの導入が進んでおり、そのサイクルポートの多くは公共施設を活用している。この事例からも、公共施設が新たなモビリティインフラの拠点として機能する可能性が見て取れる。
例えば、
「駐車場を備えた公共施設」
であれば、24時間利用可能な充電スタンドを設置することも十分に可能だろう。公共性の高い場所で、安定的に充電サービスを提供できれば、EVユーザーの利便性は大きく向上する。
さらに、自治体が率先して充電スタンド整備を進めることで、民間事業者の取り組みを後押しする効果も期待できる。補助金や税制優遇などの奨励策、充電スタンドの設置・運用に関する情報提供など、政策面での支援も欠かせない。
こうした官民協働の取り組みによって、充電スタンドの拡充を加速させることが重要だ。地方自治体が公共施設での充電環境の整備を先導し、民間の参入を促進する。そんな好循環を生み出すことが、EVの普及と持続可能なモビリティ社会の実現につながるはずだ。
充電スタンドの経済的効果
2024年3月25日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)
また、充電スタンドの設置には意外な効果があることも明らかになっている。成城大学の矢島猶雅(なおなり)氏の研究によれば、充電スタンドのあるエリアは
「地価」
も上昇する可能性が示唆されている。
矢島氏は民間情報投稿サイトGoGoEV.comで2022年9月末までに収集した1万9010地点と、国土交通省のデータベース国土数値情報より取得した2022年の公示地価データ2万5993地点の情報を活用しEV充電設備と地価の相関関係を分析し、こう結論づけている。
「各公示地価の地点の50m以内に充電スポットがあるかどうかと、公示地価は有意な正の相関を持っていることが示唆される。同様に、充電スポットの数との間にも、有意な正の相関が見て取れる。充電スポットが近くにない場合と比べ、充電スポットが近い場所の方で地価が高い可能性があるようである」(矢島猶雅「日本における電気自動車充電設備と地価の相関分析」『成城・経済研究』第242号)
矢島氏の研究結果は、充電スタンドの整備が、単にEVユーザーの利便性向上にとどまらない可能性を示唆している。充電スポットの存在が地価と
「正の相関」
を持つことが明らかになったことで、充電スタンドの設置が、地域の経済的価値を高める効果も期待できる。
例えば、商業施設や集合住宅での充電器設置は、周辺エリアの利便性を高め、不動産価値の向上につながるかもしれない。充電スタンドを備えた物件は、EVユーザーにとって魅力的な選択肢となり、ブランド力の向上や差別化にもつながるだろう。
こうした情報の周知も、充電スタンドの設置を促進させる好材料となるだろう。
EV普及へのビジネス展開
全国47都道府県在住の20~60歳以下の男女の自動車所有者を対象に、インターネットを通じて実施された。人数は2万2166人。BEVユーザーはうち303人(画像:リブ・コンサルティング)
民間企業の積極的な参画も、充電スタンドの拡充には欠かせない。カーボンニュートラルの実現に向けてEV需要が高まれば、充電スタンドは長期的に活用される重要なインフラとなる。
充電スタンドは、設置すれば終わりではない。定期的な保守点検に加え、機器の更新も必要となる。2010年代に設置された充電器の多くは、すでに8~10年の寿命を迎えており、更新作業が始まっている。
充電スタンドの拡張と並行して、維持管理のための保守・点検業務は、安定的な需要が見込まれる産業分野だ。電力会社や充電器メーカー、モビリティサービス事業者などにとって、充電環境の整備は、新たなビジネスチャンスとなり得る。例えば、充電器の製造・販売だけでなく、
・設置後の保守サービス
・課金システムの運用
など、付加価値の高いソリューションを提供することで、安定的な収益を得ることができる。
また、再生可能エネルギーと連携した充電サービスや、EVユーザー向けのコンテンツ配信など、充電スタンドを起点とした新たなビジネスモデルの創出も期待される。民間企業が、こうした事業機会を的確に捉え、ビジネスを展開していくことが、充電スタンドの持続的な発展につながるだろう。
EVの普及を支える充電スタンドの整備は、持続可能なモビリティ社会の実現に向けた重要な一歩だ。EVユーザーの増加にともない、今後ますます充電環境の拡充が求められる。国や自治体の支援制度を活用しつつ、民間の創意工夫を凝らしたビジネスモデルを構築する。そうした地道な積み重ねが、充電スタンドの設置数を増加させ、EVの普及を後押ししていくだろう。
充電スタンドの充実は、単にEVユーザーの利便性を高めるだけにとどまらない。再生可能エネルギーの活用を促進することで、都市の環境負荷を低減し、
「さまざまな社会的便益」
をもたらす可能性も秘めている。その点で、EVシフトは、持続可能な都市計画の実現に向けた大きな転換点といえるのだ。地球の未来を、日本の未来を気にかける人たち、ともに頑張っていこう。