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EV失速の本質! なぜ物事を「急進的」に進めてはいけないのか

消費者の選択が示した当然の帰結

 半年前まで、インターネット上にはバッテリー式電気自動車(BEV)の素晴らしさをたたえる記事があふれていたが、現在は正反対のことが起きている。

【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計16枚)

 テスラは、新しいもの好きで環境意識の高い消費者を引きつけることで先行者利益を得たが、一般消費者は他人の思惑に惑わされることなく、自分のライフスタイルに合った製品を購入する。

 こうした消費者の自然な行動が、高価なBEVの売れ行きを鈍らせてきた。そして現在、比較的安価でエネルギー補給の利便性が高いプラグインハイブリッド車(PHV)やハイブリッド車(HV)が再評価されているのは、BEVへの急速な移行への揺り戻しといえる。

 多くの国が、BEVを唯一の脱炭素モビリティーとして早期の移行を宣言した。しかし、目標日程はあるが、背反やリスクを解決する明確な計画はない。

 そして、消費者が望んでいないBEVへの性急な移行を進めたい人たちがいる。誰が、何のために――。次の動機を筆者(北河定保、自動車ジャーナリスト)は否定はしないが、知っておく必要はあるだろう。

・政策立案者:自分たちが立てた気候変動目標を達成して存在価値を高めたい

・投資家:インフラ企業や、新興BEV企業に投資して利益を得たい

・新興企業:ブームをあおって投資や助成金を獲得したい

というわけで今回は、物事を

「急進的に進める」

リスクについて、BEVを題材に分析する。

技術開発の六つのリスク

ev失速の本質! なぜ物事を「急進的」に進めてはいけないのか

米国の2023年の車の乗り換えパターン。PHV/BEVからCV(従来車。ICE + HV)/PHV/BEVへの乗り換え(画像:カリフォルニア大学デービス校交通研究所電気自動車研究センター)

 今回、リスクを次の六つに分類した。

・品質のリスク

・消費者の信頼を失うリスク

・持続可能性のリスク

・過剰生産のリスク

・サプライチェーンのリスク

・インフラのリスク

これに基づいて、ひとつずつ説明していこう。

●品質のリスク

 技術開発の動機にはニーズ(需要対応)型と、シーズ(提案)型のふたつがある。

テスラはどちらかといえばシーズ型に近い。一方、米国新興のフィスカーやルーシッドは、テスラが開拓したBEV市場を狙ったニーズ型であるため、テスラを上回るBEVを1日でも早く発売する必要がある。

 フィスカーは2016年に創業し2022年にスポーツタイプ多目的車(SUV)型BEVを発売したが、走行中の電源喪失やブレーキの制動力喪失などの致命的な不具合が報告され、米国の金利上昇にともなう需要の落ち込みが重なって販売不振に陥り、日産との提携交渉も決裂して破産の危機が迫る。

●消費者の信頼を失うリスク

 開発を急いだ結果、市場で不具合が多発すれば、消費者は迷惑する。細かい不具合なら我慢できるが、火災・事故・路上故障(走行不能)を経験した消費者は、二度とその企業の車を買わないかもしれない。

 そして、技術の進化とともに故障形態も変化する。例えばコネクティッドカー(インターネットにつながる車)は、常時接続されている自動車会社のサーバーが故障したり、自動車会社が倒産したりすると、車のドアは開かず、始動もできなくなる。そうなると信頼は失墜し、消費者は経済的損失を被る。

サプライチェーンの脆弱性と課題

ev失速の本質! なぜ物事を「急進的」に進めてはいけないのか

2024年3月25日発表。主要11か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)

 三つ目から五つ目のリスクについて記す。

●持続可能性のリスク

 持続可能な商品とは、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境、社会、企業統治)ではなく、消費者に長く愛される商品だ。しかし技術は進化し、消費者の嗜好も変化する。だから、両者を柔軟に結びつけて、つかず離れずの関係を維持することが必要となる。そのためには、定期的な市場調査により商品企画を適時に見直し、期間や地域を限定した試験販売等を経て、徐々に販売を拡大するプロセスを、十分な期間をかけて行う。

●過剰生産のリスク

 適切なプロセスを経ずに商品化を急ぐとどうなるのだろう。いや、既に現実となってしまった。中国のEV生産能力は2024年には1500万台/年となる見通しだが、これは国内需要を大きく上回り、生産ラインの稼働率が50%を割ることが懸念されている。

 そこで各企業が一斉に海外に販路を求めた結果、欧州や米国から高い関税を賦課される可能性が高まり、それを回避するために今度はアジアや欧州での現地生産を模索している。2019年に500社以上あった中国の自動車会社は、2023年には100社になり、生き残るのは10社程度とされる。

●サプライチェーンのリスク

 新技術と従来技術ではサプライチェーンは、川上から川下まで大きく異なる。BEVは多くの希少金属を使う。例えばバッテリーの正極材に使うリチウムをバッテリー製造に使うには、川上で多くの工程を経て原材料を精錬する必要がある。需要増加に応じた生産能力の増強には時間がかかり、環境破壊や強制労働の改善は先送りにされるリスクが高い。

 川下でのリサイクルや廃棄の事業化もあまり進んでいない。各国で一定割合のリサイクル材の使用を義務付ける動向はあるが、BEVへの移行と釣り合うかどうか明確ではない。

また、適切な処理をしない廃棄は環境汚染につながる。

インフラ整備の遅れ

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V2G制御の概念図。再生可能電力の出力変動を抑制し、電力網の安定性を高めるためにEVバッテリーの電力を利用する。「ビークル・ツー・グリッド・サービスにおける電気自動車の利用: 進展と展望」より(画像:サイ・スダルシャン・ラヴィ、ムハンマド・アジズ)

●インフラのリスク

 身の回りを見渡して、単独で機能する商品は少ない。何らかのエネルギー源は必要だし、インターネットにつながらないパソコンや携帯は、価値が半減する。つまり新商品を発売するためには、それに付随するインフラも整備しなければならないのだが、それには費用も時間もかかる。

 Wi-Fiスポットや5Gアンテナの増設は今でも続いている。BEVを走らせるには充電設備と電力供給が必要だが、充電設備が充足しているのは特定の国や地域に限られる。自分が住む地域の整備状況を知らずに買って後悔する人が増えているという。

 最も厄介なのは、需要と供給が釣り合わないと大規模停電が起こる、という電力の性質だ。再生可能電力である太陽光や風力発電の出力は天気により変動するので、その変動を適時に吸収できるベース電力が必要であることは広く認識されている。にもかかわらず、ベース電力として適性が高い火力発電はCO2を排出することから、削減が進む。そこで考え出されたのが、

・BEVで使えなくなった劣化バッテリーへの蓄電

・BEVと家庭間で電力を授受する「V2H」

・電力網と電力をやり取りする「V2G」

だが、いずれもBEVが増えなければ十分に機能しないため、効力を発揮するには時間がかかる。ちなみに2023年10月から、中国政府は江蘇省無錫市で小規模なV2Gの実証実験を開始し、2025年までに五つ以上の試験都市で50以上の試験事業を完了させるという。

持続可能な商品開発

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フロント・ローディング開発の概念とメリット(画像:グラーツ工科大学)

 以上、技術開発の六つのリスクを説明してきた。

 さて、企業は限られた開発費のなかで、他社との競争に勝つために、開発期間を短縮し、かつ性能と品質も確保する必用がある。エンジン車の技術者だった筆者はこれらを両立するためにふたつのことを実践してきた。

・ゆっくり急ぐ:良い計画ができれば仕事は半分終わっている。計画に時間をかけることで結果的に全行程が短くなる。これは「フロント・ローディング」とも呼ばれる。

・走りながら考える:しかし開発は予定通りには進まない。良い計画には想定外の事態に対する逃げ道を設けておき、迂回しながら本来に近いルートを探し、遅れを挽回する。

 トヨタもテスラも、同じようなやり方をしているはずだ。トヨタのHVは、1997(平成9)年の初代プリウス以来20年以上かけて市場を作り上げ、2022年2月末で累積販売台数2000万台を達成した。2003年創業のテスラは、2012年に完全新開発のモデルSの生産を開始し、2023年3月には累積生産台数が400万台を超えた。

 そこでとどまることなく、トヨタはBEVの品ぞろえ拡大と同時に次世代全固体電池の開発を進め、テスラは新工法「アンボックスト・プロセス」による手ごろな価格の実現をめざしている。

 企業がリスクをとって技術の進歩に挑戦する一方で、消費者は性急な判断にともなうリスクを認識し、それがなくなったと感じた時点で商品を購入し、安心して長く使う。持続可能な商品市場は、このようなサイクルで形成されていくべきだ。

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