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テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

米電気自動車(EV)大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、何年もかけて未来の自動車メーカーの構築に努めてきた。しかしその同社が今、マスク氏を悩ませている。

テスラは急拡大の時期を経て販売台数が減少し、かつて羨望(せんぼう)の的だった利益率も縮小している。同社にとって、十分な数の車を生産できるかどうかではなく、人々が同社の車を買ってくれるかどうかが、数年ぶりに最大の問題となっている。

株価は年初来で34%下落(5日時点)し、S&P500種指数の採用銘柄で最悪のパフォーマンスとなっている。テスラは依然、断トツで世界で最も価値の高い自動車メーカーではあるが、時価総額は2021年のピーク時から半分以下にしぼんでいる。

消費者のEV購買意欲は冷え込んでいる。テスラのラインアップの中核には新味がない。同社は需要を喚起しようと値下げを繰り返している。大掛かりで壮大なプロジェクトへの投資は、少なくとも今はまだマスク氏の予想通りには進展していない。機敏で、技術的に洗練して見えるのは、今や中国の新興自動車メーカーだ。

一方、マスク氏の注意は時に別のところに奪われている。ツイッターを買収し、その過程でテスラ株を売却し、人工知能(AI)企業を立ち上げた。最近では、チャットボット(自動会話プログラム)「チャットGPT」を手掛けるオープンAIや、米メディア・娯楽大手ウォルト・ディズニーのボブ・アイガーCEOなど、あらゆる相手にけんかを売っている。マスク氏の印象がテスラの買い手候補を遠ざけていることが、調査で示されている。

同社は2日、四半期ベースの販売台数が2020年以降で初めて前年同期の実績を割り込んだと発表。ウォール街の予想を大きく裏切った。

それでもマスク氏の会社は依然、世界のEV市場で圧倒的な存在であり、米国では間違いなくリードしている。多くの老舗自動車メーカーがEVラインアップの拡充に大規模な投資を行い、黒字を出すのに苦戦する中、テスラは今も利益を上げている。しかし、テスラのかつての興隆期は色あせ、マスク氏が思い描いた、人々が100%自動運転のテスラ車を乗り回す明るい未来はまだ遠い。

「テスラは黄金期から非常に困難な時期へと移りつつある」。フォード・モーターの元CEOで、現在は複数の企業の取締役を務めるマーク・フィールズ氏はこう指摘した。テスラとマスク氏はコメントの要請に応じなかった。

興隆期

3年前、テスラの勢いは止められないように見えた。

長年にわたる財務的に不透明で生産に問題のある状態から一転、四半期ごとに過去最高益を更新していた。

テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

世界的な半導体不足で多くのライバル企業が自動車生産を縮小する中でも、テスラの工場は活況を呈していた。同社が値上げをするほど消費者の需要は旺盛で、新車の納入待ちリストは長くなり、比較的新しい中古車を割高な価格で手に入れる人たちさえいた。

自動車メーカー各社が自社をテスラのようなイメージにつくり変えようと取り組む中、投資家に自らのビジョンを売り込むことにたけた優れたセールスマンであるマスク氏は、「人工知能(AI)」という次の市場の波をつかまえようとしていた。

テスラは何年も前から、コンピューターに運転タスクの多くを任せられるようにする技術の開発に取り組んでおり、運転支援システム「オートパイロット」の一部としてそうしたソフトウエアを導入していた。

テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

2021年10月下旬、米レンタカー会社ハーツ・グローバル・ホールディングスはEVのレンタル車両を拡大するため、テスラ車を10万台発注すると明らかにした。投資家には、この契約はEVが主流になりつつあり、より多くのドライバーがEVを試す機会を得ることを示す兆しと映った。

テスラの時価総額は11月初旬、1兆2000億ドル(現在の為替レートで約182兆円)を超えてついにピークに達し、2年間で2000%以上も上昇した。

その幸福感は束の間に終わった。

マスク氏は程なくしてテスラ株を手放し始めた。売却は1年以上にわたって続き、390億ドル超に相当する株式が売られる結果になった。これはツイッターを買収する資金を調達するためでもあったが、市場を警戒させ、テスラ株を下押しした。

「やるべきことがたくさんある」

2022年もサプライズは続いた。

マスク氏は1月下旬の決算電話会見で、サプライチェーン(供給網)の制約を理由に年内は新型車を投入しない方針を明らかにし、代わりに既存モデルを可能な限り多く生産するとした。

テスラは当時、4車種を販売していたが、販売の大半を占めていたのはスポーツタイプ多目的車(SUV)の「モデルY」とセダンの「モデル3」の2車種だけだった。

マスク氏が2020年後半に予告し、3年以内に準備が整いそうだと話していた2万5000ドルのEVの生産計画は凍結されていた。

テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

「今はやるべきことがたくさんある」とマスク氏は述べた。

新型車を導入しない方針はリスクをはらんでいた。自動車ビジネスでは、購入者の関心を引きつけて離さず、価格決定力を維持するためには新型車の投入やモデルチェンジが不可欠だ。

アナリストたちは困惑した。あるアナリストは、6車種にも満たない乗用車のラインアップで成長目標を達成できるのかと疑問を投げかけた。

マスク氏はそうした懸念を一蹴。代わりに、将来的にテスラ車は24時間自律走行できるようになり、価値がさらに高まるとの見通しを示した。

「『フルセルフドライビング(FSD)』の重要性が十分に理解されていないことは、質問から明らかだ」。マスク氏はテスラの運転支援技術の高性能版についてこう述べた(現在のFSDはテスラ車の完全な自律走行を可能にするシステムではない)。

時がたつにつれ、投資家はいら立ちを募らせていった。ツイッター買収も、マスク氏がテスラに十分注意を払っていないのではとのウォール街の懸念を増幅させる一方だった。

中国では警告灯が点滅していた。バーンスタイン・リサーチによると、中国では2022年春に4カ月超だったテスラの新車納入待ち期間が、同年9月には約1カ月に縮んでいた。

ウォルター・アイザックソン氏によるマスク氏の伝記によると、チーフデザイナーのフランツ・フォン・ホルツハウゼン氏をはじめとするテスラ幹部は、成長目標の達成に必要だとして、より手頃な価格の大衆車の生産計画を復活させるようマスク氏に迫った。マスク氏は、それよりもロボタクシーとして運行可能な自律走行車の開発に関心があった。

テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

バーンスタインによると、テスラは10月下旬、中国で価格を平均で約7%引き下げた。

その直後、テスラは米国でも人気車種の一時的な値引きを開始。当初は3750ドルだった値引き額を後に7500ドルに引き上げ、さらに年末までに納車されるモデルを購入した顧客には1万マイル(約1万6000キロメートル)分の急速充電を無料でプレゼントした。

テスラの2022年は暗い雰囲気の中で幕を閉じた。年間販売台数は前年比40%増となったものの、当初の目標には届かず、ウォール街の予想も下回った。株価は1年で65%下落し、過去最悪の年間パフォーマンスを記録した。

事情に詳しい複数の関係者によると、2023年1月初旬には、車を売るためにもっと積極的な措置を取る必要があることがテスラの財務部門内で明らかになった。

テスラは2022年にドイツと米テキサス州の2カ所に工場を新設し、生産能力を1年足らずで約80%拡大していた。テスラの財務開示資料によると、売れ残り在庫は2022年4-6月期にはわずか4日分の供給量に相当していたが、10-12月期には13日分に伸びていた。

1月、受注は社内の予測を上回ることはなかったと関係者の一人は話す。

従業員は会社にもっと恒久的な値下げを要求する計画を立てた。企業が通常、販売奨励策に慎重なこの業界では異例の戦略だ。

大幅な値下げ

一方、テスラのライバル企業がEVの新モデルを相次ぎ発表していた。それにはモデルYやモデル3に真っ向から対抗するものもあった。

2023年1月のある木曜日の夜、テスラはひっそりとウェブサイトを更新し、ラインアップ全般を値下げした。中には、価格が20%近く引き下げられた車種もあった。

前出の関係者によると、テスラは財務部門が当初提案していたよりも大幅な値下げを行った。

マスク氏にとって、これは計算された賭けだった。テスラの営業利益率は2桁だったため、ライバルよりも値下げをうまく吸収できる上、多くがEVで赤字を出していた競合他社にプレッシャーをかけることにもなる。

この作戦はテスラの販売を押し上げた。ただし、一時的にだ。ウェルズ・ファーゴによると、同社の車両価格は2023年上半期に世界で平均12%下落し、販売台数は前半期比19%増加した。

しかし同年下半期には、継続的な値下げと販売奨励策の上乗せにもかかわらず、販売台数の伸びは前半期比で3%に鈍化した。ウェルズ・ファーゴのアナリストは、この数字について「懸念すべき低さ」だと指摘した。

業界の一部もEVに難色を示し始めていた。

かつてはこのテクノロジーに強気だったディーラーが、積み上がる在庫に懸念を抱き始めた。EV生産の規模拡大を競っていた各社が急きょ投資を延期し、売れ行きのいいハイブリッド車(HV)に関心を移し始めた。

テスラにとって唯一の新型車はピックアップトラック「サイバートラック」だけだった。長らく発売が遅れ、製造が厄介なサイバートラックは昨年11月、ようやく市場に投入された。とはいえ、北米でしか販売されておらず、マスク氏は年内に大きなキャッシュフローを生み出す可能性は低いとくぎを刺した。

テスラ失墜の内幕 マスク氏は再び巻き返せるか

世界最大の自動車市場でテスラの生産拠点でもある中国では、既に価格戦争が勃発していた。国内EV最大手の比亜迪(BYD)をはじめ、中国自動車メーカー各社が攻勢をかけ、より手頃な価格のEVを急ピッチで発売。国内市場を席巻し、国外にも進出し始めていた。

今年1月、ハーツが新たな一撃を加えた。世界で保有するEVの約3分の1を売却すると明らかにしたのだ。その多くをテスラ車が占めていた。ハーツは以前、EVの再販価格の急落や高い修理費を問題視していた。

販売台数が減少

そこに先週飛び込んできたのが、テスラの2024年1ー3月期の世界販売台数が38万6810台と、前年同期比8.5%減少したというニュースだ。四半期ベースの販売台数としては2022年7-9月期以来の低い数字となった。

ウォール街のアナリストは、2日にテスラの1-3月期販売台数が発表される数週間前に見通しを下方修正していたが、それも下回った。

マスク氏は、今は二つの成長の波の間にあると説明し、懸念を払拭しようとした。一つ目はモデル3とモデルYがもたらす波で、二つ目は待望の低価格車を含む次世代自動車がけん引する波だという。低価格車については、マスク氏が1月に2025年後半に生産を開始する予定だと述べていた。

事情に詳しい関係者によると、従業員は最近、ロボタクシーの開発を優先するよう指示された。

ロイター通信は5日、テスラが低価格車の生産計画を中止したと報じた。マスク氏はX(旧ツイッター)でこの報道を否定。その数時間後、テスラが8月にロボタクシーを発表する予定だと明らかにした。

マスク氏は自身のソーシャルメディアプラットフォームを利用して、移民や人種といった世論を二分するトピックに言及しているが、そうした「課外活動」がテスラのためになっていないことを示す証拠がある。

調査会社キャリバーによると、マスク氏がツイッターを買収して以来、米国ではテスラの潜在的な買い手の間で同社の評判が損なわれている。テスラの製品を購入する可能性、または購入を継続する可能性が非常に高いと回答した人の割合を示す「検討」率は、2022年9月から今年3月までの間に46%から35%に低下した。

テスラの収益性が落ちるにつれ、マスク氏は同社の自動運転戦略の将来性を盛んに強調している。

「ほとんどの人はテスラのFSDがどれほど優れたものになるのか、まだ分かっていない」。同氏は3月下旬にXにこう投稿した。「車が行きたい場所に自動的に連れて行ってくれるのだ。エレベーターに乗ってボタンを押すようなものだ。これもかつては手動だった」

最近の株価下落にもかかわらず、テスラの時価総額(5日終値ベースで5250億ドル)は依然として他の自動車メーカーを圧倒している。

多くの投資家は、これまで何度も形勢を覆してきたマスク氏であれば、今回のビジョンも実現できると今も確信している。資産運用会社ジェニソン・アソシエイツのマネジングディレクター、オウラカ・コニー氏のように、テスラが自動車を売った後も長期間にわたって運転支援技術などのダウンロード可能なソフトウエアを販売することで、十分な売上高を上げられると見込んでいる人たちもいる。

コニー氏は「長期的に見て、われわれは今でも非常に強気だ」と述べた。

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