(ブルームバーグ): かつて名人位のプロ棋士を倒したことで一躍脚光を浴びた人工知能(AI)プログラム開発者が新たな分野に挑戦している。次の一手を繰り出した先は、人間エミュレーション(模倣)を狙った完全自動運転の電気自動車(EV)市場だ。
2017年に行われた対局で佐藤天彦叡王(当時)に勝った将棋AI「Ponanza(ポナンザ)」を開発した山本一成氏(38)は東京大学大学院を卒業後、AI企業のHEROZでエンジニアとして活躍し、21年にハンドルのない完全自動運転EVの開発・製造を行うTuring(チューリング、東京都品川区)を創業した。
同社は、スタートアップが設立前後に事業資金を集めるシードラウンドでみずほキャピタルやNTTドコモ・ベンチャーズなどから合計30億円を調達。事情に詳しい関係者によると、約150億円の企業価値があるという。
チューリングの挑戦は、自動運転やEVなど次世代モビリティの開発競争で後れを取る日本の自動車業界では野心的なものだ。
チューリング最高経営責任者(CEO)の山本氏はブルームバーグとのインタビューで、大きな挑戦を前に「できないという合理的な理由はない」とし、イーロン・マスク氏がゼロからEVメーカーのテスラを生み出したように、「われわれでもできるはずだ」と語った。
山本氏と最高技術責任者(CTO)の青木俊介氏が共同で立ち上げたチューリングは日本語や英語を含む複数言語に対応し、機械学習モデルの構造や方法を決めるパラメーター数が700億に達する独自の生成AIプログラム「Heron(ヘロン)」を開発。完全自動運転EVの心臓部として搭載される計画だ。
ヘロンを動かすための独自の半導体チップの開発にも取り組み、まずは25年末までに東京エリアでカメラとAIだけで30分以上走行できることを目指す。30年までに完全自動運転EVを完成させ、市場の需要動向次第では1万台の量産化を検討する可能性もある。山本氏によると、他の自動車メーカーにヘロンのライセンスを供与する方針だという。
また、チューリングではエンジニアが完全自動運転の実現のため、AIに全てを学習させるアプローチを採用していると山本氏は説明。自動運転向けAIの開発はこれまで、「人が出てきたら止まる」などのシナリオの書き込みを積み重ねていく方法が主流だったが、簡単な半面、複雑で突発的な事態には対処できない。こうした限界を超えるため、ヘロンは人間の認知能力に近い高度な判断レベルを追求しているという。
とはいえ、日本の自動車メーカーも黙っておらず、自動運転技術の開発にかじを切っている。
トヨタは中国企業と連携してロボットタクシーサービスを開始し、ホンダは米ゼネラルモータースと共同で26年初めに東京で無人タクシーサービスを開始する計画。日産自動車も上海近郊の都市で地元企業と無人タクシーサービスを試験的に開始する予定で、今後は山本氏率いるスタートアップと大手が完全自動運転EVの実現に向け激しい火花を散らすことになる。
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–取材協力:日向貴彦.
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