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【海外トピックス】スモールEV投入が欧州EV市場における次の起爆剤になる!?

GMやフォードがEVへの投資の先送りを決めた米国と同様、欧州市場でも金利の高騰や政府の補助金の減額などによりEV販売の頭打ちが見られます。ドイツのフォルクスワーゲン(VW)はEV工場での減産を余儀なくされ、メルセデス・ベンツもEV販売の熾烈な競争の収益へのインパクトを憂えている中で、フランスのルノーやスティランティス傘下のブランドは、これから2万ユーロ台のスモールEVを次々に投入します。これらは、EV市場を再点火する起爆剤になるのでしょうか。(写真はルノーのEV事業部門であるアンペアが2026年までに投入するラインアップ)

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

ルノーのEV会社アンペアが発足

スマートモビリティJPでも既報ですが、ルノーグループがEV部門を別会社として切り離して設立した「アンペア(Ampere)」が11月1日に発足し、同15日のルノーの投資家デーは、同グループCEOのルカ・デメオCEOによるこの新会社の事業計画の説明となりました。これまでルノーでは、トゥィンゴ、カングー、ゾエ(Zoe)、メガーヌE-TechなどのEVがラインアップされ、クリオやキャプチャーなどの人気車種はフルハイブリッドを投入して、まさに「マルチ・パスウェイ」での展開となっています。

2024年にはクロスオーバーSUVの「セニック」のEVが発売されるほか、往年の人気車である「ルノー5」とSUVタイプの「ルノー4」が続き、さらに新型トゥィンゴEVが2026年に発売になります。このトゥィンゴEVは、100km走行あたり電力消費はわずか10kWとされ、現在の平均的コンパクトEVより50%以上電費性能が向上することになります。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

1970〜1990年代に小型ハッチバック車として一世を風靡したルノー5はWRCラリーなどでも活躍した。現在のクリオが後継車にあたるが、ルノーはBセグメントEVとしてルノー5の名前を復活させる。

EVへのシフトは一足飛びには行かない

欧州市場でもEVの注文の減少が顕在化しており、例えばフォルクスワーゲンは、今月EVの主力工場ツヴィッカウの生産ラインの一つを3シフトから2シフトに減らすことを発表、また東欧に建設するとしていた4つ目のバッテリーのギガファクトリーの計画を棚上げするなど、生産や投資ペースの調整に入っています。

また、メルセデス・ベンツも第3四半期の決算発表でCFOが、EV市場は「相当に残酷な場所(pretty brutal space)」で、「値引きやサプライチェーン問題などとても持続可能な状況とはいえない」と発言するなど、2030年までに(市場環境が許す限り)100%EV販売に転換すると声明しているメルセデスでさえ利益率の低下に喘いでいます。こうした事から、EVは指数関数的に増えるのではなく、より漸進的な成長になりそうな模様です。

これまでのところ、EV市場はテスラを筆頭に、ドイツプレミアムメーカーやボルボなどの高級車ブランドや、コンパクトクラスにおいてはVWのID.シリーズやアウディQ4e-tron、シュコダ「エンヤック(Enyaq)」などに牽引されてきました。エンジン車に比べて3割以上価格が高くても、補助金や税制で優遇されて欧州市場のEVシェアは15%にまで成長してきましたが、今年になってドイツ政府の補助金の減額や高金利による支払い負担の増加で、消費者がEV購入を躊躇するようになっています。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

苦戦が報じられるID.4だが欧州のEV販売台数では、テスラモデルYとモデル3につぐ第3位であり、ID.3やID.5などを合わせて今年1〜9月で12万台以上販売している。

価格の高さに加えて、充電インフラが十分でないこと、下取り価格の不安などで実際の所有コストがはっきりしないことがネックになっていると言われ、もっと性能が良く価格も安いモデルが出てくるまで待とうという顧客が増えているとS&Pグローバルモビリティーは分析しています。フォルクスワーゲングループのCEOオリバー・ブルーメ氏も「先駆者の購買が一巡し、これからは自宅で充電ができないような一般消費者をどう説得するかの段階に入った」と発言しています。

来年は量販価格帯EVが相次いで投入

EV販売の鈍化が明らかになり、当面はフルハイブリッドやプラグインHEVが現実的な選択という風潮が強まっている国も多い中で、B&Cセグメントに注力するアンペアの事業計画は注目されますが、フランス勢ではステランティス傘下のシトロエンも、来年第2四半期に「e-C3」を発売し、またフィアットパンダの後継車と言われるEVも7月に発表すると予告しています。ドイツメーカーに比べてスモールカーの販売比率が高いフランスやイタリアのブランドは、Bセグメントにおいて来年からEVを矢継ぎ早やに出していくわけです。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

e-C3はハイドロバンプストッパーを採用したサスペンションでシトロエンらしい「絨毯の乗り心地」を実現。最新のインフォテイメントを搭載して価格は23,300ユーロから。生産はスロヴァキアの工場。

e-C3はすでにインド市場で発売されていますが、欧州モデルは44kWhのLFP(リン酸鉄リチウムイオン)バッテリーを積んだ航続距離320km(WLTP)のモデルで23,300ユーロと発表されており、現状35,000ユーロ以上するプジョーe-208/e-2008やフィアット500e、オペルモッカEVと比べても格段に安い設定です。フォルクスワーゲンが計画する25,000ユーロのEV「ID.2」は2026年導入の予定であり、テスラの25,000ドルEV(ベルリン郊外の工場で生産する可能性をイーロン・マスクCEOが示唆)もまだ2〜3年先になりそうな中、フランス、イタリアブランドのBセグメントEV攻勢が先んじています。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

2020年に発売されたフィアット500eは欧州で人気EVの一つ。2023年にSUV版の600eも追加された。

現在欧州市場で一番安価なEVは、ルノーのサブブランドのダチア「スプリング」のEVで価格は20,800ユーロ(仏価格 ※1)ですが、バッテリー容量は26.8kWhで航続距離は230km(WLTP)とミニマムのEVスペックです。その点、e-C3やパンダの後継EVなどは、コストに優れ性能の高いLFPバッテリーを積み、欧州のスモールカーユーザーの日常的な需要を満たすクルマと言えるかもしれません。※1:フランス政府のエコロジー補助金5,000ユーロが適応されて実際は15,800ユーロ(付加価値税VAT込み)となる。

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ダチアスプリングは、中国で生産される全長3.7m強のスモールEVで2021年春に欧州に導入された。廉価で機能的なSUVスタイルでEV販売台数トップ10に入るが、ユーロNCAPでは星1つと安全性には不安がある。

20,000ユーロ以下のEVも2026年以降に登場

さて、アンペア社の事業説明会で発表された新型トゥィンゴのEVですが、補助金前で2万ユーロを切るとされており、価格的にガソリンモデルとほぼ遜色なくなります。フォルクスワーゲンも2万ユーロ以下のEVを2020年代後半に導入すると示唆しており、これにはバッテリーやEVコンポーネンツの供給先として話が進むインドのマヒンドラ&マヒンドラとの提携が絡みそうです。10年ほど前にスズキとの提携がわずか2年で破局したVWですが、もしマヒンドラとの共同開発車となれば、インドにおける戦略モデルと位置付けられるとともに、欧州では人気のうちに今年生産が終了した「e-up!」の後継となるAセグメントカーになる可能性があります。

インドといえば、2030年に新車販売の30%をEVにするという目標を掲げており、将来的に自動車生産の重要拠点になることが予想されます。インドで40%を超えるシェアを持つマルチスズキは、すでにジムニーなどを中南米やアフリカに輸出していますが、2025年には日本にもSUVタイプのEVを輸出する計画が明らかになっています。また、先日発表になったホンダのコンパクトSUV「WR-V」はガソリン車ではありますが、全量がインド生産です。世界の自動車メーカーの視線は、新エネルギー車(NEV)で国内メーカーが外国ブランドを駆逐しつつある中国から、未来の自動車大国インドに注がれつつあると言えそうです。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

昨年新車販売台数で日本を抜いたインドのEV市場は1%強だったが急速に伸びており、2030年にシェア30%の目標を掲げている。インド政府はテスラの工場誘致にも熱心だ。写真はEV販売台数トップのタタ社のNexon EV。(同社facebookより転載)

スモールEVが次なる起爆剤の予感

高級車ブランドやコンパクトクラスのEVが期待したほどの成長を示していない中、アンペアやシトロエン、フィアットなどのスモールEVは、欧州のEVマーケットを次なる拡大フェーズに導く起爆剤になるかもしれません。スモールカーは、それほど長距離のレンジを必要とせず、下取りで値落ちしても高級車ほど損失は大きくありません。e-C3のホームページでは、3年のリースで走行3万キロ以下で月99ユーロ以下という破格の購入プラン(※2)が宣伝されていますが、自動車メーカーは残価の維持にも気を配っています。※2:EVのエコロジーボーナスや古いエンジン車の下取り補助金などを含む。

高級EVや価格の高いコンパクトEVは、ドイツや英国、スイスや北欧諸国など世帯所得が高い国々で先行して売れており、イタリアやスペインでは増加しつつあるとはいえEV比率はまだ5%程度に過ぎません。2万ユーロ前半で買える魅力的なスモールEVが今後投入されることで欧州のEV比率は20%台に達し、その後、アンペアが目指す2027/2028年にCセグメントでエンジン車と同等のコストまで下がれば、そこから本格的な普及期に入ることも期待されます。アンペア社は2030年の欧州のEVシェアを75%と予想し、7車種で100万台のEVを販売して、市場の75%を占めるB+Cセグメントで10%のマーケットシェアをとる目標を立てています。

【海外トピックス】スモールev投入が欧州ev市場における次の起爆剤になる!?

アンペア社が2027/2028年に投入する第2世代のCセグメントEVは、コストを40%削減してエンジン車と同等の価格を実現する計画だ。

投資家デーのQ&Aの最後に、「現在EV市場は予想より減速しているが今後どのようなスピードで普及すると考えるか」と聞かれたデメオCEOは、「ディーゼルやハイブリッドの普及のスピードを思い起こしても、年に4〜5%のシェア増加というEVの普及のスピードは早い。(2035年には)EV100%ではなく、80%かひょっとしたら60%かもしれない。それでも輸送部門の電動化は構造的な変化(movement)であり列車が引き返すことはない。なぜならそれは法律があるからだ」と締めくくりました。(了)

●著者プロフィール

丸田 靖生(まるた やすお)1960年山口県生まれ。京都大学卒業後、東洋工業(現マツダ)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト事務所)駐在をへて、1996年に日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から2021年まで、フォルクスワーゲングループジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在、広報・コミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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