脱炭素社会の実現に向け、国内外の自動車メーカーがEVシフトへ力を入れている。政府も、EV購入者の補助金の増額はもとより、EV向け充電インフラを2030年までに現行の3万基から30万基に増やすロードマップを策定し、普及の足がかりを作ろうと取り組んでいる。
日産自動車株式会社 日本マーケティング本部 CMMオフィス チーフマーケティング マネージャーの寺西 章氏
そうした背景のなか、国内におけるEV販売台数が12年連続No.1を誇るのが日産自動車。“EVの先駆者”として市場を開拓し、現在までに「リーフ」「アリア」「サクラ」の3車種をラインナップするなど、着実にビジネスを成長させている。
これまでのEV市場開拓における取り組みや、日産が描くEV戦略の未来について、同社 日本マーケティング本部 CMM(Chief Marketing Manager)オフィス チーフマーケティング マネージャーの寺西章氏に話を聞いた。
◆当初は「環境に優しいエコカー」と打ち出していた
2010年に世界初の量産型EV「リーフ」を発売した日産。他社メーカーに先駆けてEV市場を切り拓いてきた。なぜ、いち早くEVの開発に乗り出したのか。
「最初は、環境に優しい“エコカー”と打ち出し、ガソリン車やハイブリッド車に次いで主流になるのがEV車だと捉えていた」
そう語る寺西氏は、さまざまな切り口でEVの魅力を訴求してきたと説明する。
◆マイナーチェンジで不安や不満を解決
2010年に発売した世界初の量産型EV「リーフ」
「日産のリーフが先陣を切ってEVを市場に投入したわけですが、EV自体が真新しいものゆえに、『電気自動車はすごい。でもまだ自分が乗るクルマではない』と、お客様が自分ごと化できていない状況がございました。そのため、エコカーという打ち出しから、次は“走る蓄電池”として見立て、災害時の非常用電源になることをPRしたり、マイナーチェンジによって航続距離を伸ばしたりと、EVに対する世の中の不安や不満を一つひとつ解決しながら、リーフの普及に努めてきたのです」
またEVの充電インフラの整備にも約10年間で250億円を超える多額の投資を行い、日産は国内自動車メーカーでは先行して全国の日産販売店(ディーラー)に充電器スタンドを設置してきた。
◆2017年の「EVのイメチェン」が転機に
そんななか、ひとつの転機となったのが、2017年に行ったリーフのフルモデルチェンジだ。
EVの提供価値を新たに刷新し、走行中の高揚感や先進性を体現した“2代目”モデルとして発表したのである。日産のEVを手がけるエンジニアの中には、かつて“日産の象徴”と称された伝説のスポーツカー「GT-R」のエンジン開発に携わっていた人物も在籍しているそうだ。
「GT-Rはカーレースという究極のハイパフォーマンスが求められる環境下で、最高の走行体験を提供するために、エンジン音も派手でパワフルなものを作っていました。そのようなスポーツカーに乗って走るエキサイティングな感覚を、EVでどのように再現すればいいかを考え、“人が運転する気持ち良さ”を愚直に追求してきました。単なるエコじゃつまらない。乗っていてワクワクする、楽しくなるような乗り心地を実現したい。こうした開発者の強い思いを反映させ、“EVのイメチェン”を図ったのが2017年に発表した2代目リーフでした」
◆「試乗体験」で先入観を払拭
日産自動車の寺西 章氏
「EVについての先入観や固定観念なども、試乗いただくことでEVの印象が変わり、前向きな気持ちになってもらえます。通常では、日産の販売店で10~20分の試乗体験をしていただくのですが、お客様に1泊2日、EVを貸し出して休日のドライブをしていただくキャンペーンも過去に実施し、大変好評をいただきました。
長時間EVに乗っていただくことで、乗り心地はもちろんのこと、充電で気になっていた不安点についても実際に体験できるため、EVが自分に合う、合わないを的確に判断してもらえやすくなる。これが試乗体験の大きな利点になっています」
◆ショッピングモールへの展示で新規層の開拓
ショッピングモールで日産のEV車種を展示する様子
加えて、マーケティングでは「ショッピングモールの展示」を通じて、日産のEVブランドの認知向上や興味喚起を図っているという。
「イオンなどのショッピングモールにEVの車種を展示し、EVをまだ知らない新規のお客様にアプローチする試みを行っています。その際は地域の販売店スタッフがお客様と応対するわけですが、スタッフ自身もEVに乗っているため、リアルな“オーナーズボイス”をお客様に伝えることで、『EVを知るところから興味を持ち、販売店での試乗へ』という態度変容につながることも結構多いんですよ。普段からEVを乗りこなしている日産のEVオーナーの皆さまの声はとても重要視していて、実際に販売店へ来てもらい、普段のEVの使い方・魅力を語ってもらう機会を、各地域にて設けてもらっています」
「GREEN PASSプロジェクト」第3弾では、高速道路のパーキングエリア内にEVオーナー専用スパを設置した
また、EVの普及とEVオーナーのカーライフを充実させるための施策「GREEN PASSプロジェクト」も定期的に開催。メーカー問わず、EVのクルマを所有するオーナーに向けた優遇サービスを提供するもので、毎回評判を得ているそうだ。
2021年に発売した日産「アリア」
日産はリーフに続き、2021年にはSUVの「アリア」、2022年には軽EVの「サクラ」を発売し、EVのラインナップを拡充させている。特にサクラは販売開始から約1年で受注5万台を突破。日産によれば2022年度のBEV国内販売台数の約4割をサクラが占めているそうだ。
3車種が揃ったことで、「日本のドライバーがクルマを購入する際に検討するボディタイプのセグメントの約7割をカバーできるようになった」と寺西氏は述べる。
「EVの車種を増やしているのは、お客様ごとの多様なライフスタイルやニーズから車を選ぶ際に、例えばSUVタイプからクルマを探しつつ『ガソリンか、ディーゼルか、EVか』と当たり前のように比較検討される状態を作りたいからです。特にサクラに関しては『セカンドカー需要』を取り込むことができていて、幅広い層のお客様がEVに興味を持ってもらえるようになったと感じています」
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2021年に発売した日産「サクラ」
今後の展望としては「EVなら日産」というブランドイメージを守り続け、さらなるEVの発展に貢献していくと寺西氏は抱負を語る。
「EVのリーディングカンパニーとしての自負がある以上、これからEVをどういうふうに説明・提案していけば、世の中のEVに対する考えや見方を刷新していけるかを考えていかなくてはならない、そのように感じています。単なる製品のプロモーションだけでなく、充電スタンドの整備や試乗体験、販売店でのアドバイスなど、一連の情報発信を含めて、お客様がEVをいかに自分ごと化できるかを念頭に置き、できる策は全て打っていきたいと考えています」
業界におけるEVシフトは加速している一方、EVの普及という観点ではまだまだ道半ばであり、日産の取り組みがどこまでEV市場の底上げに貢献できるのか。今後の動向に注目したい。
<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている