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トヨタの「全方位戦略」はむしろ大成功だった…欧米を追わず、中国とも違う「逆張り戦略」の狙いを解説する

トヨタの「全方位戦略」はむしろ大成功だった…欧米を追わず、中国とも違う「逆張り戦略」の狙いを解説する

トヨタの「全方位戦略」はむしろ大成功だった…欧米を追わず、中国とも違う「逆張り戦略」の狙いを解説する

欧米各国の「EVシフト」に対して、日本はどう対応するべきなのか。デジタル戦略プランナーの柴山治さんは「トヨタはEV以外の選択肢もあり得るという『マルチパスウェイ(全方位)戦略』を取っている。欧米や中国の自動車メーカーにはできない戦略を選んだのは正解だ」という――。

※本稿は、柴山治『日本型デジタル戦略 暗黙の枠組みを破壊して未来を創造する』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

車を作る会社からモビリティカンパニーへ

2018年1月、テクノロジーの見本市であるCES(コンシューマー・エレクトロニクスショー)で、トヨタは車を作る会社から、移動に関わるあらゆるサービスを提供するモビリティカンパニーへと転換することを宣言した。

MaaS専用EV車両であるe-Paletteの映像とともにトヨタの発表を目にした私は、世界は激変の時代にあり、想像以上の速さで変化していることを知った。実は、トヨタはモビリティカンパニーになるために、2016年よりも以前に動き始めていたのである。

○コネクテッド戦略

付加価値創造のため、自動車をコネクテッドカーに転換し、走行データを分析可能なデータ基盤の整備。そしてMSPF(モビリティ・サービス・プラットフォーム)を構築し、周辺ビジネスと分析結果データを連携することで、収益機会の拡大やサービス拡充を図る戦略。

○仲間づくり

・自動車メーカー

スバル、マツダ、スズキ、いすゞとの資本提携強化(出資額累計1兆円以上)により、グループ世界販売台数1450万台、世界シェア18%。

・モビリティサービス

ウーバー(米)、ジョビー(米)、ディディ(中)、ポニー(中)、グラブ(馬)等に合計4000億の出資。

・スマートシティ関連

OS開発でNTTと車両通信領域強化でKDDI、そしてソフトバンクとモネ・テクノロジーを共同設立。

○スピンオフ戦略

モネ・テクノロジー、KINTO、ウーブン・バイ・トヨタ等、技術と事業開発をパートナー企業と共に推進。

○EV戦略

・電池製造

パナソニックとの合弁企業(PPES)の立ち上げ、旧サンヨーの人員・工場とトヨタの電池事業を統合。全固体電池の開発目途が立ちつつあるとの報道あり。世界シェアでは、トップにCATL(中)、第2位にBYD(中)、第3位にLGエナジー、そして第4位にPPESという序列である。また2023年10月、出光興産とトヨタは全固体電池の量産化へ向け、協業を始めることに合意したと発表した。

・プラットフォーム

トヨタ、マツダ、デンソーとのEV共同開発会社(EV-CAS)の設立。成果としてスバルと共同開発したe-TNGAと呼ばれるEV専用プラットフォームを構築。

EVシフトだけではCO2は減らせない

日本がカーボンニュートラルを宣言したのは、2020年の10月である。経済産業省が、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、産業政策・エネルギー政策の両面から、成長が期待される14の重要分野について実行計画を策定し、国として高い目標を掲げ、EV対応を後押しするべく、「攻めの業態転換・事業再構築」を支援している。

EVシフトの議論に熱気を帯びはじめたのは、自工会が急速なEVシフトは自動車関連産業の550万人の雇用に影響が出ると警鐘を鳴らした時からだろう。2030年のNDC(国が決定する貢献)中間目標は、GHG(地球温暖化ガス)全体で2013年比46%削減を目指している。

自動車産業の専門家によれば、EV販売を加速してもサプライチェーン全体のCO2削減には寄与せず、むしろエネルギーコストが車両価格に跳ね返ってきてしまい、産業の競争力が落ちてしまう。対応すべきは、物流の効率化と車両のEV化であるとの回答であった。

また日本はエネルギー調達力と原材料調達力に問題を抱えており、日本固有のカーボンニュートラル方法を模索しているとも付け加えた。日本におけるカーボンニュートラルの実現には、電力産業の脱炭素が大前提になろう。

テスラやBYDにはないトヨタの強み

その上で、エコシステム全体の脱炭素を実現していかなければならない。車両製造や車両走行時のCO2排出削減だけでなく、人々の行動変容を伴った循環型経済の構築、そして炭素自体を資源として再利用する技術であるカーボンリサイクル。欧米や中国とは事情が異なるのである。

カーボンニュートラル燃料の活用や現在開発中の水素自動車、そしてHEV、PHEV、FCEV、BEV、H2、CN燃料を組み合わせて国際競争に挑む戦略は、トヨタが取る合理的な戦略と言えるのかもしれない。

テスラやBYDが持っていない強みとしては、水平分業であるにもかかわらず統制の取れた組織体制、もはや芸術の域に達していると言われるトヨタ生産方式、複雑な内燃機関エンジンを企画・設計し組み上げられる技術力、長年乗っていても故障知らずの品質、そして世界中のユーザーニーズや要望に応えられるメンテナンス機能としてのディーラーネットワークが挙げられる。

全方位アプローチを成功させる方法

一方で、EV生産となるとトヨタの強みは弱みとなるジレンマがある。トヨタが提唱する「マルチパスウェイ(全方位)戦略」、つまりEV以外の選択肢もあり得るという視点は重要である。

しかし、そのような全方位アプローチが現実的に成功するためには、最初にEVで競争力を築く必要がある。

2023年4月、政府のEV戦略のスケルトンが発表された。EV販売台数を2026年150万台、2030年に350万台を目標に掲げた。また2050年、カーボンニュートラル社会の実現に向けた具体的な削減目標を掲げた。2030年までに2019年比33%削減、そして2035年に50%削減という高い目標値を示した(※)。

※経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(2021年6月18日)

四半期で1兆円超の営業利益は日本初

トヨタの基本戦略は、「マルチパスウェイ(全方位)戦略」である。基本戦略の本質は、トヨタの哲学にある。すなわち、ユーザーニーズに耳を傾け、地域に適した車作りをトヨタ生産方式で実現してきた。

トヨタは、既存の自動車産業と新規のモビリティ産業の両利きの経営を強いられている。

既存事業に関しては、トヨタ生産方式(トヨタ不変の思想に基づく「ジャストインタイム」と「自働化」)を通じて、高い利益率と生産能力を誇り、顧客需要に合わせた無駄のない生産で、2023年もグループ販売台数が4年連続で世界一となる見込みである。2023年4月から6月の四半期ベースでの営業利益も1兆1209億と、四半期ベースで1兆円を超える日本で初めての企業となった。

そして新規事業に当たるモビリティ産業も照準に捉え、2020年にトヨタフィロソフィー(一般企業におけるMVV)を刷新し、失敗を繰り返しながらEV戦略を進め、EVシフトを着実に加速させている。

1990年代の日米通商摩擦を、現代の米中対立と重ねて見ている方も多いことであろう。当初、コンピューターや半導体に矛先が向いていたが、最終的に焦点が当たったのは、自動車であった。簡潔に言うと、日本の新車市場を海外メーカーに開放し、北米の雇用を増加させるため国内自動車メーカーには現地生産するように、米国の政治的圧力を受け続けた問題である。

欧米のEVシフトは順風満帆ではない

しかし、この問題は、国内自動車メーカーにとってグローバル化を進める好機となったのである。当然、米国ビッグスリーも反撃に出たが、需要変動やバリエーションの変化に柔軟に対応できず、さしたるヒットも生み出せなかった。

理由は明確で、自動車の核であるエンジンへの投資を削減し、顧客が求める低燃費という価値を提供できなかったからである。私見ではあるが、トヨタは現代の自動車産業とモビリティ産業を冷静に分析しているようにさえ思える。カーボンニュートラル宣言に基づく各国の目標も実現させられるかは定かではない。

2023年9月、米自動車メーカー大手3社の従業員が加盟する全米自動車労働組合(UAW)によるストライキが長期化・拡大の様相を呈しているからである。大手3社を対象にした史上初のストが長期化・拡大すれば、米国経済や今後のEVシフトの進捗が大幅に遅れる可能性すらある。

また欧州委員会は、欧州で販売が急拡大している中国のEVへの補助金の状況を調査すると発表し、不当な補助金が確認されれば、中国のEVに追加で関税を課す可能性もあるといった報道もある。

トヨタが世界一の自動車メーカーになるまで

グローバルサウスにおいては、未だに中古車が中心であるし、経済成長が目覚ましい東南アジアや南米の国々では経済成長に伴って顧客が求める車もガソリン車からハイブリッド、ハイブリッドからPHEV、PHEVから水素自動車等、クロスセルやアップセル販売が継続することも予測される。

スマートフォンのように劇的な変化を数年で遂げるには、発電、給電・充電インフラが整備され、国や地域に合わせた価格帯と技術、規制緩和等乗り越えるべきハードルがいくつも存在する。

このような仮説を踏まえれば、トヨタのマルチパスウェイ戦略は企業としての強みと機会を適切に捉えた戦略のようにも思える。世界が混沌にある最中、トヨタは着実にEVシフトを進め、EV市場に即したトヨタ生産方式を確立し、顧客が求める価値を提供できるモビリティカンパニーになり、アフリカ大陸等へCO2吸収隔離除去プロジェクトへの投資等ファイナンスを行った上で優先順位の高い事業計画を書き起こし、急ピッチでアクションを起こしている。

1998年当時、世界生産台数500万台であったトヨタが、現在の1000万台に到達するまでにリコール問題や震災等のさまざまな苦難があった。その都度、トヨタフィロソフィーという経営の本質に立ち戻り、苦難を脱し、トヨタの哲学(「地域経営」と「いいくるまづくり」)とトヨタ不変の思想との結合度が増し、実行力がある企業だからこそグローバルナンバーワンとなれたものと考える。

欧米を追わず、中国とも違う「逆張り戦略」

つまり、トヨタが取るべき戦略は、欧米や中国とは真逆の逆張りの戦略であろう。欧米や中国がEVシフト一辺倒の戦略を取っており、産業政策をテコに外国企業を締め出し、自国の雇用確保と産業保護に走っている。BEV関連の原料は中国が95%を押さえ、バッテリーにかかる費用が高騰している。従って、固定費削減を日本の自動車メーカーができない状況にある。

また、マルチパスウェイ戦略は、他の自動車メーカーが取れない戦略でもある。カーボンニュートラル対応(トヨタだけが取れるマルチパスウェイ戦略)と移動価値の拡張(「電動化」「知能化」「多様化」する社会におけるデータを活用した周辺事業の付加価値サービスの提供と新規事業創出)で収益を拡大できれば、限界利益が改善し、EV領域に充てることが可能となるのである。

トヨタの最大の課題はソフトウェア開発

2023年4月、トヨタは「新体制方針説明会」において、企業にとってのパーパスにあたるTMC(Toyota Mobility Concept)を公表した。主に3つのフェーズが存在し、サービス範囲を順次拡大していく意向を示した。

・「1.0 クルマの価値の拡張」

クルマのOS化を進め、オープンアーキテクチャのクルマへ進化させる。

・「2.0 モビリティの拡張」

フルラインナップのクルマ・モビリティサービス・仲間たちとモビリティの拡張を実現させる。

・「3.0 社会システム化」

クルマが社会のデバイスとなり、エネルギー・交通・物流・暮らしのエコシステムをクルマが形成する。

トヨタの方針から見えてきたことは、すべてのフェーズにおいて共通する課題はソフトウェア開発であろう。戦略として導き出したサービスの拡張においても移動に係るデータ、つまりデジタル化が課題である。産業変革の中心にいる企業が、不確実性の高い時代を生き抜く術は、商品のソフトウェア化とサービスのデジタル化である。

———- 柴山 治(しばやま・おさむ) デジタル戦略プランナー、危機管理プロフェッショナル 米国ワシントン大学フォスタービジネススクール経営学修士課程修了(Global Executive MBA)。SIerでの経験を経て、ベイカレント・コンサルティングでスマートフォン日本市場導入、スマートシティ構想等の多数のプロジェクトを統括支援。メットライフ生命保険で新規部門を立ち上げ、BCP/BCM成熟度調査で2年連続トップティア部門へと昇華。のちに渡米し、米国シアトルで産官学のネットワーキンググループを主宰。経営理念への共感からリヴァンプに参画し、執行役員として複数のクライアント先でCIO等を歴任。「人と企業に“余白”が生まれるとき、日本はまた強くなる」と確信し、株式会社YOHACKを創業。デジタルを軸に、あらゆる企業のパートナーとして伴走支援している。 ———-

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