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自ら仕掛けたBEV戦争で中国に吞み込まれる…モーターショーに出られないほど弱体化した欧州メーカーの苦悩

自ら仕掛けたbev戦争で中国に吞み込まれる…モーターショーに出られないほど弱体化した欧州メーカーの苦悩

2024年2月26日、5年ぶりにスイスで開かれたジュネーブモーターショーでは、それ以前とは異なる光景が広がっていた。

2月26日から3月3日にかけて、スイスのジュネーブで2019年以来実に5年ぶりのモーターショーが開催された。新著『なぜクルマ好きは性能ではなく物語を買うのか』が話題の山崎明さんは「それまでのジュネーブモーターショーとは様相が一変し、明らかな異変が生じていた」という――。

ジュネーブモーターショーで起きていた「異変」

ジュネーブモーターショーが2024年2月26日から3月3日にかけて開催された。前回の開催は2019年だから、5年ぶりの開催である。

2020年も開催予定で、会場の設営がほぼ完了する段階まで進んでいたのだが、世界的な流行となったCOVID-19(新型コロナ)の影響で開幕直前に中止となり、昨年までその影響で開催されなかった。私は2019年まで毎年のように視察に行っていたので、開催が決まったという情報を得て、即時に航空券とホテルの手配を行った。

しかし、実際にショーの会場に足を運ぶと、今までのショーとはまったく異なる様相のショーだったのだ。一言で言うと、BEVを巡るEUの苦悩と中国の勢いをまさに絵に描いたようなショーだったのである。

どういうことだったのか、詳しくレポートしたい。

1905年より世界的メーカーのないスイスで開催

ジュネーブモーターショーは私が最も好きなモーターショーだった。ショーの歴史は長く、初開催は1905年である。その最大の特徴は、自動車産業が事実上存在しないスイスで開催されるということである。

フランクフルトがドイツ車、パリがフランス車、デトロイトがアメリカ車、東京が日本車中心になるのと異なり、ジュネーブモーターショーはドイツ、フランス、イタリア、イギリス、日本、韓国、アメリカの各ブランドがバランス良く展示されていたのだ(最近はアメリカ車は少ないが、かつてはヨーロッパでは珍しくスイスはアメリカ車にも一定の需要があった)。スイスでは日本車も売れており、2024年2月のデータでは14%ほどのシェアがある。

加えて、スイスにはプライベートバンクがたくさんあり、世界から富裕層が集まるため、高価なスーパーカーブランドや、高級車をさらに豪華に仕立てたり高性能化したりするチューナーと呼ばれる業者が多数出展するのも特徴だった。

また、会場はジュネーブ空港に隣接しており、空港を出て数分で会場に入ることができ、空港自体も鉄道でジュネーブ中央駅まで5分という好立地のためきわめて便利なのである。つまりあらゆるモーターショーの中でもっとも快適で、見応えもあるものだった。

2023年にはカタールでジュネーブモーターショー組織委員会主催のモーターショーが開催され、ジュネーブに比べれば規模は小さいもののドイツ、日本、イギリスのプレミアムブランドを中心にそれなりの数のブランドが出展していたのである。

新型コロナ以前の6分の1に規模縮小…

大いなる期待を込めながら会場を訪れた私だが、今年の会場で目にしたものは今までとまったく異なるものだった。

まずショーの会場となるPalexpoという施設にはホール1からホール7まであり、今まではそのほとんどを使っていた。しかし今回はホール2とホール4の2つしか使っていなかったのだ。規模的に3分の1程度になっていたのである。

驚きはこれに留まらない。ホール2はヒストリックカーとモータースポーツ車両展示でほとんどの空間が占められており、モーターショーというより自動車博物館といった体の展示なのである。

つまり、モーターショーといえる展示はホール4のみ。「モーターショー」としては2020年に計画されていた展示面積の6分の1という寂しいものとなっていたのだ。

寂しい欧日メーカーと中国ブランドの隆盛

驚きはさらに続く。

主要欧州メーカーで出展していたのはルノー(とその傘下のダチア)だけだった。ルノーは往年の名車、ルノー5(サンク)をモチーフとした小型BEVの発表のタイミングだったため出展したと思われる。日本メーカーで出展していたのはいすゞだけで、数台のピックアップトラックの展示のみだった。

会場を見渡せる場所から圧倒的な存在感を示していたのがBYDとMGである。MGはイギリスのブランドだったが、MGローバー社が経営破綻しブランドが南京汽車に買収され、南京汽車を上海汽車が買収したため現在は上海汽車のブランドである。

MGは欧州ではBEVを中心に販売しており、BEV市場では存在感が高まっている(2023年のイギリスBEV市場ではモデル別でMG4がテスラ・モデルYに次いで2位となっている)。

つまり、今回のショーでもっとも目立っていたのは中国ブランドだったのである。

2016年以降モーターショーの規模縮小が続いたワケ

実は、モーターショーの規模縮小は2016年以降ひとつのトレンドになっていた。

逆に、2015年あたりまではモーターショーは規模が拡大傾向で、2013年や2015年のフランクフルトモーターショーなどは各社ともかなり大がかりな展示を行っていたのである。それがなぜ2016年以降突然風向きが変わったのか。

その発端は、2015年のフランクフルトモーターショー閉幕直後に発覚した、フォルクスワーゲンのいわゆる「ディーゼルゲート」事件である。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べCO2排出量が少なく、環境に良いエンジンとされていたのだが、それが裏切られたわけだ。

そのため、2017年のフランクフルトモーターショーでは環境保護団体が派手な反対運動を行ったほどである。

2016年以降のショーではほとんどの欧州メーカーはBEV(電気自動車)化を進めることを高らかに宣言し、展示もBEV中心となっていった。しかしBEVはすぐに売れるものではなく、環境保護派の手前内燃機関搭載車を派手にアピールすることもできないため、規模は縮小化された。

莫大な開発費をかけたBEVが売れずに出展抑制

規模縮小の理由にはもうひとつあって、各メーカーがBEVに一気に舵を切ったため、短期間でBEVを開発するために莫大(ばくだい)な予算が必要となり、マーケティング予算は縮小せざるを得なくなった。

BEVは発売したものの、価格はまだ高く、思うようには売れていない。バッテリー原料の高騰もあり、コストダウンどころかコストアップに見舞われているのが現状で、頼みの綱の政府補助金も縮小されている(ドイツでは昨年末廃止された)。各社ともガソリン車の利益でなんとか食いつないでいるのだ。

モーターショーでBEVを並べたところで売り上げにつながらないのであれば、予算をかけてモーターショーに出展する意味はない。そこで、各社がモーターショーにかける予算をさらに縮小。自国のショーには半ば義理で出展するが、そのほかのショーにはほとんど出ない、となっているのが現状なのである。

そうした理由から、2020年まではジュネーブモーターショーに出展していたブランドも今回はほとんどが辞退、という展開になったものと思われる。

欧州を席巻するも、認知度の低い中国ブランドにメリット

一方でイケイケなのが中国ブランドで、BEV化の波に乗って欧州でも存在感を高めている。

欧州BEV市場における中国ブランド車のシェアは、2019年の0.5%から2023年は8.2%にまで上昇している。中国ブランドのBEVはコストパフォーマンスで欧州ブランドを圧倒しており、低価格帯では中国ブランドが有利である。

ただし、中国ブランドの認知度はまだまだ低いのが現状だ。

前述したとおり、上海汽車は欧州である程度名の通ったMGブランドで展開しているのが有利に働いているようで、欧州ではBYDより上海汽車が大きく先行している。2023年のドイツでの販売台数はBYDの4139台に対し、MGは1万8526台である。

ブランド強化に躍起になる中国メーカー

しかしMGも、価格優位性があるにもかかわらず、トップのフォルクスワーゲンと比べれば4分の1程度だ。

そのため、中国ブランドはブランド認知向上とブランド力強化に躍起になっている。モーターショーは重要なコミュニケーション機会なので、力を入れるのである。

こんな寂しいジュネーブモーターショーでも、混雑しているといえる程度に人は入っているし、若年層も多い(2019年のデータでは、来場者の27%が20代)。

ジュネーブモーターショーは自動車業界の縮図

今回のショーだけを客観的に見ると、ルノー以外の欧州ブランド車はヒストリックカー展示コーナーでしか事実上見ることができず、もはやノスタルジーの世界で、新型BEVは圧倒的に中国ブランドが強い、という印象になる。

この状況が長く続くと、人々のパーセプションもそのようになってしまう危険性がある。

EUも、こうした状況に対し、ようやく危機感を抱いたようだ。

中国製BEVに対して中国政府が不当な補助金を出しているか調査し、結果次第では輸入規制に乗り出すとしている。

冒頭に記したとおり、今回のジュネーブモーターショーはBEVを巡るEUの苦悩と中国の勢いをまさに絵に描いたようなショーだったのである。

欧州ブランドのピンチと日本のチャンス

デジタル時代といわれ、各ブランドのマーケティング活動もデジタル化が進んでいるが、やはりリアルな展示はデジタル画像とはまったく異なる印象を与えるので、ブランドイメージ構築と維持には必要不可欠と思う。

このままでは欧州自動車産業は本当に衰退してしまう危険性があると思われる。BEV化という、現状では困難な道に突き進んでしまったツケが回ってきているのだ。

日本ブランドも欧州ブランドにつきあって出展していないが、ハイブリッドという現実的な解を持つ日本ブランドはブランド力アップの絶好の機会であり、これを逃すべきではないと思う。

ちなみに現在、日本車に近い燃費効率を持つ本格的なハイブリッド車を販売している欧州ブランドはルノーのみである。

———- 山崎 明(やまざき・あきら) マーケティング/ブランディングコンサルタント 1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。 ———-

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