ウクライナの戦場には奇妙な車両や珍しい車両がひしめいているが、そのなかでもBTM-3ほどの変わり種はそうそうないだろう。BTM-3は戦車でもなければ歩兵戦闘車でもない。戦場で専門性の高い工兵任務に従事する装甲工兵車ですらない。
BTM-3は、塹壕(ざんごう)掘削車(トレンチャー)だ。名前のとおり、もっぱら塹壕(トレンチ)を掘るためだけの車両である。ディーゼルエンジン駆動のAT-T砲兵牽引車の車台(これも元々はT-54戦車の車台がベース)に、チェーンソー式掘削機を取り付けてつくられている。
重量37トン、乗員2名のBTM-3は、深さ約1.5m、幅約90cmの塹壕を最高で毎時約730m掘り進めることができる。掘削スピードとしては高速だ。
先週ネット上に出回った動画には、ウクライナ南部ザポリージャ州の未舗装路を、ウクライナ軍の旧ソ連製BTM-3が走行している様子が映っている。
ザポリージャ州はウクライナ軍が反転攻勢を進めている場所の一つだ。ウクライナ軍は長く待ち望まれていた反攻を6月4日に始めて以降、複数の攻勢軸で数km前進している。
塹壕はこれまで、両軍の戦いを文字通り形づくるものになってきた。ロシア側はウクライナ軍の前進を阻むために塹壕を掘った。今度はウクライナ側が、前進したエリアで陣地を固めるために塹壕を掘っているというわけだ。
塹壕掘削車の数は西側諸国よりも旧ソ連のほうが圧倒的に多かった。理由は土壌や気候から説明できる。
「ソ連の工兵や作戦立案者は明らかに、凍土を削って塹壕を掘ることに大きな重要性を認めていた」。米陸軍工兵隊は1980年の報告書でそう指摘している。「対照的に、北米の凍土での塹壕掘りはあまり行われてこなかった」
ウクライナに対するロシアの1年半におよぶ戦争の現在の局面で、塹壕が形勢を決めるものになることは十分予想できた。塹壕はロシア軍の教義で一貫して重視されており、ウクライナ軍もこの教義におおむね従っているからだ。
塹壕づくりでは民間の請負業者も多くの仕事をするが、民間人を雇って軍人の仕事を代行させるのはコストが高いうえ、乗員の危険もともなう。実際、ロシアの請負業者は2022年末から2023年初めにかけて、ウクライナのドローン攻撃によって掘削機や操縦士を多数失っている。そのためロシア軍は即席の防空車両を前線に送り、作業中の民間業者の護衛にあたらせていた。
可能なかぎり、ロシア軍は民間でなく軍の塹壕掘削車両を用いてきたのだろう。ただ、前線で使用されている姿をとらえた映像は乏しい。昨年末には、東部ルハンスク州でBTM-3が塹壕を掘るところを撮影した動画がネット上に出回った。
ザポリージャ州でも、この見慣れない車両はせわしく動き回ってきたに違いない。それもロシア軍とウクライナ軍の双方で。
(forbes.com 原文)