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【自動運転車の死角】米中でトラブル続出、夢のパーソナルモビリティ「レベル5」が夢でなくなる日は本当に来るか?

【自動運転車の死角】米中でトラブル続出、夢のパーソナルモビリティ「レベル5」が夢でなくなる日は本当に来るか?

走行中の完全自動運転タクシーの車内(米サンフランシスコ/写真:共同通信社)

もはや“神学論争”の様相を呈してきた自動運転の賛否

 100年に1度と言われるクルマの変革の中でも最大の目玉であるドライバー不要の自動運転車(Autonomous Vehicle=AV)。すでに世界でロードテストが行われているが、それらが引き起こすトラブルが波紋を広げている。

 2023年秋、米ゼネラルモーターズの子会社、GMクルーズのAVがサンフランシスコで事故を起こしたことを契機に走行認可取り消し。今年2月にはアルファベット(Googleを擁する持株会社)傘下のウェイモのAVが暴徒に放火されるという事件が起きた。

【自動運転車の死角】米中でトラブル続出、夢のパーソナルモビリティ「レベル5」が夢でなくなる日は本当に来るか?

米GM傘下の無人タクシー(写真:AP/アフロ)

 実はAVの路上トラブルはこれまでも少なくなかった。事故だけでなく消防車、救急車などの走路妨害、不適切な駐停車をはじめさまざまな局面で頻発していた。AVの事故率は低いというデータがしばしば示されるが、サンフランシスコに住む筆者の知人は、「実際に街を走っていれば分かる。ロボタクシー(AVの無人タクシー)は見ただけで識別できる。それを見たらみんな近づかないから安全なのさ」と憎まれ口を叩いた。

 事故率の真偽はともかく、サンフランシスコにおけるAVへの住民感情は相当に悪い。冒頭で述べた2件のトラブルはマスメディアもセンセーショナルに取り上げた。

 カリフォルニア州は2014年にウェイモの源流である「グーグルカー」の公道実証試験を認可したAV先進地域。2023年8月に多数の反対意見を押し切ってGMクルーズとウェイモに無人AVタクシーの24時間有料営業許可を出したばかりだった。その矢先のトラブル続出だけに、州運輸局は人身事故を起こしたGMクルーズには許可取り消し、ウェイモには事業拡張申請を留保するなど、住民感情に配慮した強い政策を取らざるを得なかった。

【自動運転車の死角】米中でトラブル続出、夢のパーソナルモビリティ「レベル5」が夢でなくなる日は本当に来るか?

米サンフランシスコでは自動運転車の拡大に反対する抗議活動も(写真:©Michael Ho Wai Lee/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)

 アメリカにおける自動運転の賛否は“神学論争”の様相を呈している。

 賛成派はディープラーニング(深層学習)がすべてを解決してくれる等々、夢想的な技術を持ち出してすぐにでも実用可能と言い張り、反対派は技術進化のロードマップを無視して全否定する。モビリティのプロフェッショナルですらその傾向を示す。このあたりは日本のバッテリー式電気自動車(BEV)の論争と非常に似ている。未知のモノへの人間の反応とは、そもそもそういうものなのだろう。

トラブル続きの「レベル4」はモノになるか、トヨタエンジニアの見解

 問題は苦戦を押してAVへのトライを続けていて、どの程度目鼻が付くかということ。自動運転は運転支援のないレベル0から完全自動運転のレベル5まで6段階に分類されている。冒頭のGMクルーズやウェイモのAVはレベル5の一歩手前のレベル4。レベル4とレベル5の共通点は運転操作をまったく必要としないままドライブが完結すること。違いはレベル4は走行可能エリア、道路種別、天候などが制限されていることだ。

 AV関連のエンジニアに意見を求めたところ、レベル4については今はトラブル続きでも時間をかければレベルアップしていき、社会に順応できるという見方が大勢を占めた。

 世界の自動車関連企業の中で自動運転関連特許のトップランナーの1社はトヨタ自動車である。昔の話になるが、2017年時点では「2024年前後に真の意味でのレベル2がエンドユーザー向けに普及しはじめる」というのが同社のマスターエンジニアの読みだった。

 当時は欧米メーカーを中心にAVは数年で実用化できるという主張が飛び交い、それに押されてか当のトヨタも対外的には2020年代前半にレベル5の一歩手前のレベル4+を実現すると東京モーターショーで公言していた。だが、今日の状況をみると、レベル2を名乗るモデルは増えているものの同一車線の自動クルーズや自動追い越しを安定して行えるシステムはごくわずか。トヨタのエンジニアの読みがほぼ当たった格好である。

 そんな状況に鑑みて、トラブル続きのレベル4は果たしてモノになるのか。別のトヨタのエンジニアに聞いてみた。

「あくまで私見ですが、狭い走行エリア、固定した発着場所など走行にまつわるイベントがあまり多様にならずに済む条件であれば、近未来に実用的と言っていただけるレベルにまで性能を引き上げるのは決して不可能ではないと思います。物流におけるドライバー不足への対応や過疎地における交通手段確保などの社会的要請を考えれば、自動車メーカーとしてそのくらいのことは当然実現させなければと思います」

 トヨタは昨年、2019年以来提携関係にある中国の自動運転テクノロジーファーム、小馬智行(ポニー・エーアイ)と合弁でレベル4AVの量産会社を設立。11月にはトヨタのBEV「bZ4X」をベースとしたAVタクシーの試作車を公開している。さらに2月には日本でのAVタクシーの限定的な公道運用を今夏にも開始すると報じられた。

AVをグローバル競争力強化の武器にしたい中国も苦戦

 レベル4に積極的なのはトヨタだけではない。横浜エリアを中心にBEV「リーフ」をベースとしたレベル4AVの試験走行を続けてきた日産自動車は、今年2月、サービス実証試験フェーズへと移行、2027年の多人数乗車シャトルの運用開始を目指すと発表した。ホンダはAV技術の提携先であるGMクルーズの事故でスケジュールに不透明感が漂っているが、2026年に都心での無人シャトルの運用開始を目指している。

 これらの動向を見ると、AVの未来は明るいように感じられるが、事はそう簡単ではない。

 現在ドライバーなしで運行されているレベル4AVも実際にはオペレーターが常時遠隔監視を行っており、問題が起きた時にはリモートコントロールで対処している。機能的には完全自動であっても、運転からトラブルシューティングまでをクルマ単体、あるいはデータセンターなどとの通信で完結させられる完全自律ではないのだ。

 今日、最も大がかりにAVを導入しているのは、AVをグローバル競争力強化の武器にしたいという意図を持つ中国だが、接触事故や他車の走行妨害などのトラブルが多発している点は同じだ。

 その中国は昨年12月にAVのガイドラインを公表したが、内容を見るとバスなどの多人数乗車車両には運転監視員を同乗させること、タクシーは遠隔監視が認められるが、監視員1人が担当できるのは最大3台までとする等々、結構厳しい内容だった。コスト面も含めたAVの難産ぶりの表れと言えるだろう。

【自動運転車の死角】米中でトラブル続出、夢のパーソナルモビリティ「レベル5」が夢でなくなる日は本当に来るか?

中国の百度(バイドゥ)が開発したドライバーレスカー(写真:CFoto/アフロ)

 一般ユーザーが自動運転と聞いてまず連想するのは、豪雪や暴風雨など物理的に走れないという事でもない限り、いつ、どこへでも行けるクルマだろう。すなわちレベル5だ。それが完成すれば運転免許は不要になるし、高齢者や身体障害者も気兼ねなくクルマで移動できるようになる。まさに夢のパーソナルモビリティだ。

 2010年代半ば頃、夢のレベル5AVが夢でなくなる日も遠からず来るのではないかという見方が広がったことがある。コンピューティング革命のひとつ、ディープラーニングの登場がそのきっかけで、走行中に得られた映像やセンサーデータのフィードバックだけでなく、人間がやるように経験をもとにざっくりとした状況判断が人間とは比較にならないスピードでできるようになると考えられたからだ。

走行実績で後れを取る日本だが、巻き返せる余地は十分にある

 だが、そのシナリオは今は崩れている。人間の持っている想像力、もっと言えば妄想力のような非合理的領域に踏み込むのが難しいことが分かってきたからだ。

 先のGMクルーズの事故は、対向車線でクルマに接触し、倒れ込んだ人と衝突するという不幸な形で起こったが、問題となったのはその後。クルマのセンサーでは人が下敷きになっていることが分からず、路肩に寄せようとしてその人をひきずってしまったのだ。人間ドライバーであれば、倒れ込んだ人が見えなければ死角に倒れている可能性を疑い、そのような事故は起こらなかったかもしれない。

「完全自動運転はやればやるほど難しさが分かってくるものです。冬の北海道をドライブしていたときのことです。スタートする時は吹雪でした。前方に大型車がいて、その後ろを延々走り続けました。ずいぶん長距離を走り、ようやくその大型車が交差点を曲がって前方視界が開けた時、目の前には青空が広がっていました。いつの間にか降雪エリアを過ぎて晴天域に入っていたんですが、大型車の巻き上げる雪げむりでてっきりずっと吹雪いていると思っていたんです。

 人間であれば一度そういう経験をすれば状況判断をしたい時には安全なところにちょっとクルマを停めてみる、必要がなければそのまま行くといった能動的な工夫をしますが、コンピューターには欲望がないのでそういう工夫もない。一事が万事、人間が無意識のうちにやっている道路や他車の状況に関する予測、憶測は思ったよりずっと高度で深い」

 北海道の仁宇布に自動運転研究用のテストコースを作ったスバルの自動運転エンジニアは想像力についてこのように語った。

 2月末、アメリカの情報通信世界大手、アップルが独自開発のAV「アップルカー」の開発から撤退と報じられた。アップルカーはもともとレベル5AVを目指していたが、1月にレベル5の商品化を事実上断念していた。

 レベル5を実現できないのならアップルの求める付加価値は期待できず、作る意味がない。アップルは声明を出していないが、それが撤退の理由だろう。その少し前、中国のBEV大手、BYDもレベル5は無理とアナウンスした。テスラは近未来のレベル5の実用化の期日を再三先延ばしにしながらも取り下げていないが、深層学習にさらなる革命が起こらないかぎり状況は似たようなものだろう。

 夢のレベル5がいつできるかについてはもはや希望的観測しか存在しないようなものだが、その実現にはまず遠隔監視なしで完全自律走行が可能な正真正銘のレベル4をモノにすることが不可欠だ。

 完全自律にはAVでない普通のクルマや歩行者、自転車との調和も含まれる。走行実績では米中に大きく後れを取る日本だが、競争はまだ始まったばかりであるうえ、高性能GPUを使えば問題が解決するといった決定的なソリューションが出ていないだけに日本勢が巻き返せる余地は十分にある。

 物流問題、交通弱者問題の解消、さらには新たな移動の自由の形態と、AVの潜在需要は膨大だ。それを巡るグローバル競争の行方が興味深い。

【井元康一郎(いもと・こういちろう)】

1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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