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「やり方次第では単なる迷惑客」、イオンシネマで車いす女性が介助を断られた事件で考える、国力減退時代の弱者保護

「やり方次第では単なる迷惑客」、イオンシネマで車いす女性が介助を断られた事件で考える、国力減退時代の弱者保護

イオンシネマでの一件は、社会に一石を投じている(写真:maruco/イメージマート)

(山本一郎:財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員)

 車いすユーザーの中嶋涼子さんが、イオンシネマでサービスの要求を断られた顛末をSNS投稿すると、割といい感じで燃えていたので見物に行ってきました。

 と言いますのも、先月亡くなった私の父も、施設に入るまでは車いすで海外旅行をしたり、劇場やレストランに足を向けたりすることも多かったんですよね。

 車いすを押す羽目になる私も、身体が不自由になる前と同じように活動しようとする父の要求はそう簡単には実現しないので、施設や空港、旅行代理店と事前連絡がてら折衝したり、移動手段を綿密に手配したりと、不要に発生する「ロジ」に奔走していました。

 思い返せば、13年5月に著名な障害者でもある乙武洋匡さんが「車いすだからと入店拒否された」として飲食店を名指しで批判して騒動になったり、21年3月にJR東日本の無人駅で下車しようとしたところ、事実上の拒否にあったとして、同じくJR東日本を名指しで非難した伊是名夏子さんが炎上したりしていました。

 17年6月には、バリアフリー研究所を名乗る男性が格安航空会社に故意に事前連絡を怠ったにもかかわらず、なぜか朝日新聞が「車いすの人に階段タラップ自力で上らせる バニラ・エア奄美空港」との見出しで報じたことで大騒動になったこともありました。

 車いすは、障害者でも高齢者でも一目で分かる公共施設で配慮されるべき弱者ですが、バリアフリーとは言っても、介助・移動でサービスを受ける際に専用の設備や人手が必要であるなど、いきなり来られて即対応可能とは言えない場合も多くあります。

 今回の中嶋涼子さんに関しては、YouTuberとしても意欲的に活動している女性であるとともに、炎上の経緯がカロリー高めでした。これは燃えるやつや。

 単にバリアフリー対応になっている車いすの鑑賞場所ではなく、健常者らが使うリクライニングシートに座るために女性スタッフらに抱きかかえなどの介助を求めた結果、映画館の支配人に出禁を喰らったという話なので割とヤヤコシイ話です。

 問題は、この車いす女性のやったこととイオンシネマ側の対応というミクロな話だけではありません。そういう障害者や高齢者の生活は勤労世帯が負担する社会保険料であり、納めている年金であると同時に、バリアフリーには国や自治体からの補助が出ていてそれらは税金です。

 障害者や高齢者にやさしい社会を作るために必要な豊かさが失われつつあることもあって、マナーの悪い障害者にイラつく人が以前より増えてるんじゃないかと思えるのです。

 こういった問題は、映画館だけではなく、図書館や公園、公共交通機関などみんなが使う多くの場所で起きるため、マナーなのか法的な義務なのか白黒つけろという話になりやすい面があります。そこには「困っていそうだから善意で」行われていたサービスの提供が、「行われていて当然だ」となりやすい下地が増えているとも感じるのです。

映画館への事前連絡がマナーでは?

 健常者ならリクライニングで問題なく映画を観られ、友人たちと席を上手くシェアしながら楽しめるはずなのに、同じように楽しめない障害者に対してはもっと配慮されるべきではないか、という声も上がっておりました。他方で、一般的に車いすに乗る側も押す側も、そのような介助を一般の施設にお願いするにあたっては、当然のように事前連絡するし、それがマナーであると考える人も多くいるはずです。

 特に、リクライニングシートまで抱きかかえられたり、おんぶされたりして移動することは、日ごろ障害者や高齢者を連れて公共施設を訪問する側からすれば、そのような対応は非常にまれだし、介助士などの資格を持っていても危険を伴う場合もありますから、何かあったら困るとお互いに思うレベルです。そのような介助はできるかもしれないが、お願いはしないのが普通だろうと思うのです。

 で、イオンシネマについては、映画好きの高齢者の間でも「お客さんが少ない時間帯なら、スタッフさんが特別に介助してくれて、落ち着いた椅子に座って鑑賞できる」という話は少なくなく耳にします。ただ、それはスタッフさんの手に空きがあるときか、その映画が客入りがあまり多くないときに限られるようです。

 他方、イオンシネマには父や親族の利用もあることから、私も何度も事前に問い合わせして確認してきました。ただ、絶対できるというお約束ではなく、公式にはそのようなサービスが車いすのお客さんにはありますとは言っていないはずなんです。やはり、公式にそのような対応をしていると知れて、万が一事故があったとするならば、映画館としては責任を負えないという面があるからでしょう。

 この問題への反響で、イオンシネマは障害者差別解消法違反ではないかという話も出ていましたが、合理的配慮は「(事業者にとって、車いすのお客さんに対する解除などで)その実施に伴う負担が過重でないときに」講ずること(第7条2項)であり、「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合」「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(第8条2項)という努力目標が示されています。

 この中嶋涼子さんが求めるサービスが事業者の合理的配慮の中にあるかという点については、障害者差別解消法ではまず無理でしょう。

善意の抱きかかえ介助は廃止か有料化

 1995年7月、「車椅子でも乗れる列車を求める会」において、重度障害を持つ人が鉄道での旅を行うにあたり車両を車いすで使用可能な設備を備えるよう求めた裁判では、憲法13条の幸福追求権は認められ、「適切な設備が交通機関に設置されていることが望ましいことはいうまでもない」としつつも、法の下の平等についてはどのような対策を講じ、いかなる程度まで実質的平等を実現するかは原則として立法に委ねられているとしています。

 そして、障害者基本法は、あくまで基本法であって、どのような権利を合理的配慮であるとして獲得するかは、実際には障害者差別禁止法を通じて、実際に裁判を起こして司法手続きを経て個別に救済・是正を求めていくものです。

 しかしながら、今回の件ではあくまでイオンシネマ側が、善意で、本来なら抱きかかえて座席に障害者や高齢者を座らせてくれる手配をしてくれたもののようであることは忘れてはならないところです。公式に、そのような介助サービスをやりますから費用を負担して事故に対する免責について合意をください、とまでやるかどうかって話だと思うんですよ。

 今回、特にイオンシネマは中嶋涼子さんに対して不適切な言動があったことについては謝罪をしていますが、店舗現場が中嶋涼子さんを出禁にしたことについてはお詫びしたわけではなさそうなことは、特筆するべき部分です。ある意味で、迷惑客に近い扱いのようにも見受けられるんですよ。

 実際、中嶋涼子さんについては、本人が非常にアクティブな人物だからか、車いすに乗っていろんなところを旅した動画を掲載している中で、新幹線の多目的個室で長時間実況をやりつつ、ケージからかわいい猫ちゃんを放して撮影していたのは気になるんですよね。

 私も猫ちゃん3匹飼ってますが、さすがに新幹線で抜き身の猫ちゃんを放つ根性はありません。新幹線ではしゃぐぐらいなら目くじら立てるほどのことではないのかもしれませんが、どうもマナーを守るような常識のある人ではないのではないかという印象も強く持ちます。

 結果として、いままでは善意で行っていたイオンシネマの抱きかかえ介助なども、このような炎上が起きてしまうとおそらくは無償ではやらなくなるか、あるとしても事前に連絡をしてくれた車いすのお客さんのみか、あるいは有料になるかもしれません。

 個別に裁判をやるほどの根性も材料も中嶋涼子さん側にはなさそうですし、内容から見て法的アクションを起こしても門前払いになるおそれが強くあります。イオンシネマも、そんな問題になるのなら善意で公式にないサービスを行うのはやめますとなりかねませんから、その意味で、あまり良い結論にはならないのかもしれません。

「健常者と同様」はモノによっては無理

 かつて、公民権運動の母とも呼ばれる黒人女性ローザ・パークスが、55年12月にバスの「白人専用席」に敢然と座って世の中を動かしたり、差別を乗り越えて近代メジャー・リーグ初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソンの背番号42が永久欠番となり、いまでも記念行事が行われたり、いろんな平等を目指す動きがあって現代社会を築いているのは知っておくべき面はあろうかと思います。

 他方で、車いすは全身麻痺などの障害や高齢者といった、分かりやすい弱者のアイコンとして定着するものの、弱視や聾唖、脳機能障害、パニック障害を含む精神的疾患など、目に見えない障害については置き去りにされたままです。

 バリアフリーも含めて、分かりやすい身体障害者への差別的扱いは減っていっていても、一般的ではない見えない障害に対する配慮はあまりしっかりとは為されていないままです。

 また、ひとくちに障害者や高齢者と括っても、迷惑客や当たり屋、クレーマーのような存在は、同じ人間である以上は一定の確率で当然含まれています。少なくとも、店の現場で働いている店員さんやバイト相手にネットで公然とクレームを書き散らかす障害者は、声を上げたという点では良いのかもしれませんが、やり方次第では単なる迷惑客の扱いにされてもおかしくありません。

 思い返せば、車いすに乗った親父を連れて移動するときは、事前に通れるスロープはどこなのか全部調べて経路をメモって現地に行き、しかし確かに地図通りスロープはあったけど車いすで全力で押してもこれ登り切れるのかよ……なんてことはたくさんありました。

 不便だからどうにかして欲しいというのはあっても、健常者と同じように生活できるようにせよというのは、モノによっては無理であるし諦めなければならないことも多いのだということは、障害者や高齢者本人や家族ならみんな分かっていることだと思うんですけどね。

国力に連動して難しくなっていく弱者配慮

 そのような車いすだけでなく、インフラも含めた日々の暮らしで弱者に対する配慮は、声は上がれども、おそらくは今後、国力の減退とともに地方から徐々に対応できなくなっていくでしょう。掛け声は勇ましくとも、社会保障が削られていく中で、買い物難民も含め、不便な生活を強いられる障害者や高齢者とその家族は、どんどん増えていくと思います。

 世の中が苦しくなると、そういう人たちを支えてきた社会保険料を納めたくない現役世代の声にこたえる形で福祉予算が国でも地方でも減り、政策的に現実的な対応を求められていくことにもなります。

 バリアフリーを実現するのも、資金が必要です。いまでこそ、自治体が助成しているケースがほとんどですが、自治体によっては、バリアフリーどころか道路の舗装や除雪さえもままならない地域はどんどん増えていきます。そういう地域に暮らす障害者や高齢者は暮らせなくなって、都市部に集住することを求められていくでしょう。

 憲法で認められた居住の権利は国民にあっても、幸福追求を実現できる合理的な扶助のレベルが下がっていくと、生まれ育った場所で暮らしたいのに人口が減り過ぎたり、配慮される福祉のレベルが下がったりすることで、生きていけなくなってしまうのです。

 今回のイオンシネマのテーマは、マナーの悪い障害者や高齢者が生きていけるように社会が暖かく抱きかかえることが難しくなり始めている現状に、国民がどう気づくのかってことだと思うんですよ。

「やり方次第では単なる迷惑客」、イオンシネマで車いす女性が介助を断られた事件で考える、国力減退時代の弱者保護

弱者配慮を叫んでも、財政的に実現できない未来がそう遠くない日に訪れる(写真:maruco/イメージマート)

 世の中が右肩上がりにどんどん良くなっていっている時代であれば、障害者の人たちがもっと自由で素敵な生活を送るコストも社会的に負担できていたでしょう。しかし、もうそのような社会保障を大盤振る舞いでき、「公共施設に可能な限りバリアフリーを」といって進められるのも都市部だけになっていきます。

 その都市部も、自治体の補助や企業努力では対応しようもない、クレーマーのような障害者や高齢者の要求を受け止め切れず、迷惑客の扱いとしてしまうケースも今後は増えていくと考えられます。

 障害者や高齢者が可哀想な存在であり、扶助してあげなければならないのだと善意の延長線上で対応するようでは継続性は損なわれます。同じ人間なのだという目線で考えない限り差別もなくしていくことはできないでしょう。

 そして、これから働き手の減少と共に余力や余裕は社会になくなっていく中で、本当にこういうマナーの問題で騒ぎ立て、じゃあ一つひとつ法的に白黒つけていきますかという話になるのはなんだかなあとも感じるわけです。

 そう遠くない将来、障害者や高齢者、慢性疾患を持っている人たちに対する扶助も年金も減っていって、家族とも別れてしまった自活できない人たちを、どう公的に扶助していくのか国民全員に突き付けられる日が来るのではないかと思います。

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山本 一郎(やまもと・いちろう)

個人投資家、作家

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し、『ネットビジネスの終わり(Voice select)』『情報革命バブルの崩壊 (文春新書)』『ズレずに生き抜く 仕事も結婚も人生も、パフォーマンスを上げる自己改革』など著書多数。

Twitter:@Ichiro_leadoff

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