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「戦略なき戦略」の先にある、次の「ヤマハ」の具体像を描く

「戦略なき戦略」の先にある、次の「ヤマハ」の具体像を描く

オートバイに電動アシスト自転車、ボートに4輪バギー……。新しいコンセプトの多彩なモビリティーを次々に提案し、「楽しく動く」ことを拡張し続けてきたヤマハ発動機。こうした製品群を通じて、よりユーザーに寄り添うために、今、可能性を見いだしている活動が「熱々のコミュニティづくり」だ。同社クリエイティブ本部長、木下拓也氏のインタビューの後編では、デザイナーならではの新規事業開発への関わり方と、その先に見えてきた「新たなヤマハの価値創造」のビジョンについて聞く。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美、撮影/まくらあさみ)

ビジネスモデルのプロトタイプとしてのコミュニティ

──前編では、「鍛錬の娯楽化」をサポートする新たなビジネスモデルを作りたい、という話を伺いました。クリエイティブ本部は、そもそも新規事業開発にどのように関わっているのでしょうか。

「新規事業をどう作るか」、あるいは「事業ポートフォリオをどう作るか」は全社的なテーマで、そのための組織再編は数年前から進んでいます。2024年1月には社長直下に「経営戦略部」が置かれ、新たな本部として「新事業開発本部」も発足しました。クリエイティブ本部も連携しますが、新規事業開発を主導する立場ではありません。

 ただ、製品開発でも先行デザインやプロトタイピングはクリエイティブ本部が主導するのと同じで、新規事業開発でもプロトタイピングは自主的にやっていきたいと考えています。例えば、最近トライしているのが、コミュニティづくりです。電動アシスト自転車<PAS>のユーザーを中心としたオンラインコミュニティ<Yamaha PAS Life>とか、<YZF-R7>というスポーツタイプのオートバイに限定した、ファンとの共創型コミュニティとか。

──新規事業のプロトタイプとしてコミュニティづくりを進めているということでしょうか。

「戦略なき戦略」の先にある、次の「ヤマハ」の具体像を描く

PAS(子ども乗せモデル) @ヤマハ発動機

 そういう可能性を含めて、調査・研究しています。まだリサーチ段階なので規模は小さいですが、結構アクティブ率の高い熱々のコミュニティができているんですよ。<PAS>の「子ども乗せモデル」のユーザーの中には、「子どもが卒園しても<PAS>は絶対に捨てない。雨の日も風の日も寄り添ってくれた戦友だから」みたいなことを言う、めっちゃ熱い人が多くて。

──自転車を戦友と思えるのはすごい。

 PASに自分の一部が憑依しているというか。オートバイもそうですが、自転車って雨風や暑さ寒さの影響をもろに受けます。でも、幼稚園には毎日行かないといけない。苦難があるからこそ燃える、という側面もあるのかもしれません。こういう本音のコミュニティから、これからの提供すべき価値が見えてくる可能性があると思っています。

ユーザーと共に「サードヤマハ」を育てる

──コミュニティから生まれる新しいヤマハとはどのようなイメージでしょうか。

 一つ可能性として考えているのは、<SR>とか<セロー>のように、メーカーとして廃番にしてしまった後もたくさんの人が乗り続けてくれているオートバイを、ユーザーの中で生かし続けるためのシステムをコミュニティ内に作れないかと考えています。ユーザー同士で情報を融通し合ったり、私たちもそのコミュニケーションをサポートしたりする中で、Web 3.0とかDAO(Decentralized Autonomous Organization=分散型自律組織)といった新しいエコノミーが成立する可能性があります。

 民泊プラットフォームのAirbnbもコミュニティから生まれたエコノミーだと聞いています。Airbnbが強いのは、単なるユーザーの集まりじゃなくて、コミュニティ内でソーシャルグッドな価値観が共有されているからです。私たちでも、価値観を共有して価値を共創していけるコミュニティがつくれたら、音楽、モーターに続くコアバリューが生まれるのではないかと思っています。個人的にはそれを「サードヤマハ」と呼びたい。特にEV(電気自動車)のような新しい領域の製品では、「売った後」のサービスまで入れ込んだビジネスモデルのプロトタイプが必要だと思っています。

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──既に製品でつながっている熱いユーザーを多数抱えているわけですから、それを活用して鍛錬をより深めるためのモデルをいかに構築するかですね。

 鍛錬の過程って、例えば野球のイチロー選手だったら、少年野球で可能性に気付き、プロ野球から大リーグへと挑戦を重ねることで成長を楽しみ、選手としてのピーク以降はチームを変えたりフォームを変えたりしながら変化を楽しみ、最後は草野球で、ただ楽しむ境地に至るというプロセスです。もちろん、これは私の勝手な妄想ストーリーですが、これがいわば理想です。多くの人は成長が踊り場に来ると退屈してやめてしまう。その先にいざなってあげることができれば、もっと長く、深く楽しめるはずです。

 23年のジャパンモビリティショーには、楽器のヤマハと共同でブースを出しました。ヤマハ発動機は「鍛錬の娯楽化」、ヤマハは「人生の伴侶」というテーマをそれぞれ立てたんですが、つなげると「鍛錬を娯楽化し、人生の伴侶になるモノやコトを提供する」というヤマハブランドに共通するコンセプトになります。このプロセスにできるだけ寄り添いたい。

──先ほどの「戦友」っていうのも、まさに「伴侶」ですよね。

「アシスト」ってコンセプトが効いてると思うんですよ。あくまで人間が主体だけど、アシストがあるから鍛錬できるし、娯楽にできる。私も3年前にマウンテンバイクを始めましたが、入り口は電動アシストタイプでした。アシストから始めると何がいいかというと、坂を楽に上れるから初心者でも練習量を確保できる。今後は動力だけじゃなく、AIやロボティクス、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)のようなテクノロジーでアシストして、「ハマる仕組み」を作ってあげるというアプローチもあり得ます。

戦略なき戦略を支えてきた「勝手な使命感」

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Takuya Kinoshita ヤマハ発動機 執行役員/クリエイティブ本部長 1967年福岡県生まれ。90年九州大学工学部を卒業後、ヤマハ発動機入社。モーターサイクル(MC)事業本部にてさまざまな役職を経て、2018年1月に同事業本部長に就任。同年3月執行役員。2021年3月上席執行役員。2022年1月にクリエイティブ本部長に就任し、製品・イノベーションに関わるデザインおよび企業ブランディングを統括する。

──「ハマる仕組み」って何でしょうか。

 左脳に偏りがちな生活の中で、右脳をもっと活性化してあげるというか……。長くオートバイの設計に関わってきた当社執行役員の西田豊士(PF車両ユニット長)が、よく「バイクに乗ると右脳汁が出る」って言うんです。きついカーブで体をギリギリまで倒してコーナリングしてるときなんかに忘我の状態になると。そこまで危険なことをしなくても、作曲とかダンスとか、クリエイティブなことに没頭してると「フロー」状態になりやすい。ユーザーをそこにスムーズに導けたら、もっとポジティブに鍛錬にハマッていけるんじゃないでしょうか。

 私はよく出社前にマウテンバイクで山に行くんですが、冬は氷点下3度とかでめちゃくちゃ寒かったりする。そんな環境で必死にペダルをこぐと、サウナに入らなくても「ととのいました」って状態になります(笑)。最初はしんどくても、ドーパミンとかβ-エンドルフィンといった脳の報酬系の神経系を活性化するホルモンが出てくると、気持ちよくなって、その感覚が忘れられなくなる。こういう感覚も、運動状態をセンサリングして「もうちょっと頑張ればととのいますよ!」といった形で導けるかもしれない。

──他人には苦行にしか見えないことでも、本人は楽しい。そういう意味では、「ハマる」ってクリエイティブですね。「ハマる楽しさを知っている」ことは、クリエイティブな人材に求められる資質と重なる気がします。

 それはあります。デザイナーにはそういう「クリエイティブ脳」をぜひ鍛えてほしい。やっぱり、本当に感動するものを作るには、ただ造形するだけじゃなくて、人間性を探究しなきゃいけないと思うんですよ。私は開発を26年、事業を6年経験したんですが、開発ではロジカルなテクノロジー脳が鍛えられたし、事業では状況をジャッジするビジネス脳が鍛えられました。それに対して、デザイナー脳は感じて楽しまなきゃいけない。もっと言うと、楽しむだけじゃなくて「勝手な使命感」で行動してほしい。熱が欲しい。

──「勝手な使命感」って面白いですね。

 それがうちの会社らしさなんですよ。上司の一方的な指示には反応が鈍いのに、勝手な使命感を帯びた途端にやりだす。ちょっと話は変わりますが、ヤマハ発動機って、アフリカ大陸54カ国のうち52カ国に事業を展開していて、特に船外機(小型船舶用外付けエンジン)はシェアが7割ぐらいの市場もあるんです。

──すごいですね。

 でも、そうした規模の割に大きくもうかっているわけじゃない(笑)。なぜかというと、船外機を売るときに船のメンテナンスやメカニック、魚の取り方や保存方法までみっちり教育したりしてきたからです。ユーザー自らが日本で中古の船外機を買い付けて、そこから部品を取り出して延々と修理して使うようになってしまう。そうすると、こちらが思うようなリプレースの需要が発生しないわけです。自分たちのビジネスより目の前の人たちを見て動いてしまう。自分で言うのもなんですが、憎めない会社なんですよ。

 以前、とあるコンサルティング会社が「60年間成長し続けて、180以上の国や地域に事業を展開できた戦略が知りたい」と、調査に来たことがあります。で、3カ月調査して、結局「よく分からない」と帰っていった(笑)。ダーウィンの進化論じゃないですけど「戦略なき戦略」なんです。使命感を帯びた人が勝手にやったことが広がって、生態系みたいになっている。オートバイ、マリン、ロボット、ヘリ……と、新しい事業が広がってきたのも、突然変異を許容する風土があったからだと思います。

 もちろん戦略は大事です。その中でクリエイティブ本部としては、ヤマハらしさの軸を担いたい。ヤマハ発動機という会社のこういう「面白さ」や「生き様」を体現する存在でありたいんですよね。

──そう聞くと、先ほど(前編)のコミュニティづくりも、ヤマハ発動機がこれまで育んできた生態系をより豊かに育てる活動ということで納得感があります。

 他社が四輪や重工業といった二輪以外の柱を持っているのに比べたら、うちの会社は小規模です。二輪が大きな売り上げを担うヤマハ発動機が他社と同じことをしても確実に負けます。常に新しいコンセプトで新しい市場を開拓しないといけない。開拓しても根こそぎ奪われるかもしれないけど、少なくともチャレンジし続けたい。そういう会社であるために、クリエイティブ本部は冒険しないといかん。これも「勝手な使命感」ですが、そう思っています。

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