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90日働けない営業マンをクビにできる?車で時速50kmオーバー!即免停に

90日働けない営業マンをクビにできる?車で時速50kmオーバー!即免停に

写真はイメージです Photo:PIXTA

車の運転ができるからという理由で、営業マンになった車好きの会社員。しかしある日パトカーに止められ、免許停止になってしまった。免停中は90日間運転ができないが、この会社では運転ができない営業マンにできる仕事はない。「クビだ!」と社長は怒るが、「辞めたくない」と泣きつく社員を救うにはどうすればいいのだろうか?(社会保険労務士 木村政美)

<甲社概要>

 都内にある従業員数100名の部品製造卸売会社。

<登場人物>

 A:甲社の営業課所属で30歳。地元のビジネス系専門学校を卒業後就職のため上京、会社が休みになる年末年始とお盆時期は必ず福岡の実家に帰省している。

 B:Aの上司で営業課長。40歳。実家は老舗温泉旅館「はなやぎ」を経営している

 C:甲社の社長

 D:甲社の顧問社労士

車が大好きなAが、年に2回必ず帰省する理由

 Aは年2回、必ず帰省する。その理由は二つあった。一つは学生時代の友人たちと会うため、そしてもう一つは実家住まいの兄が所有するスポーツカーを借りて、毎日ドライブを楽しむためである。

 Aより10歳上の兄は無類の車好き。25歳のときに友人の父親から安価で譲ってもらったスポーツカーにハマり、毎日のように乗り回していた。その姿に憧れたAは専門学校在学中に車の免許を取り、就職は仕事で車の運転ができる営業職を希望した。

 もともとは地元で就職し、お金を貯めてスポーツカーを買うことが夢だったが、就職担当の教員に勧められたのは甲社だった。Aは東京での一人暮らしは嫌だと断ったが、

「甲社の営業職は、関東、東北、中部地方と広範囲で活動するそうだよ。仕事とはいえ、いろんな場所をドライブできるなんて最高じゃないか。絶対君に向いてるよ」

 と言われ、すっかりその気になったのだ。

 甲社で働くことになったAは、希望通り営業課に配属された。半年間の研修期間を終えた後、B課長から自分が担当する顧客と社用車の割り当てを受けた。

「これで、出社したら毎日車の運転ができるぞ。取引先への行き帰りはどのルートを走ろうかな」

 考えるだけでワクワクしたAは、次の日から取引先回りに励み、自身の運転欲を満たしまくった。

年末の帰省、友達と「年越しドライブ」に出かけ……

 12月31日の深夜。帰省したAは「年越しドライブ」と称して友人3人を誘い、初日の出を見るため海に向かってスポーツカーを走らせた。ハンドルを握り始終ご機嫌なAは、途中の広域農道に入ると直線でぐんぐん加速し、ついにメーターは時速100キロを表示。友人たちも手をたたいて喜んだ。

 ところが長い直線を走り終えた時、突然サイレンの音と共に背後から声が聞こえた。

「前の車、止まってくださーい」

 Aがあわてて左端に車を寄せて止めると、パトカーから下りた警察官が現れた。

「ずいぶんスピードが出ていましたね。この道路の制限速度は時速50キロですよ」

年が明け、新年の挨拶のため社長と得意先を訪問することに

 年が明け、出社したAに早速B課長が声を掛けた。

「早速だけど明日、君が担当している乙社と丙社に新年の挨拶を兼ねて訪問するつもりだ。C社長も同行するから、A君は当日の車の運転と、今すぐに先方へのアポ取りを頼むよ」

 Aは泣きそうな顔で言った。

「実は今、車の運転ができないんです。休み中にスピード違反で捕まって、免停になっちゃいました」

「えーっ!その免停って何日間なの?」

「速度50キロオーバーでしたが、今まで違反がなかったので90日間だそうです」

 甲社の取引先企業はそのほとんどが電車、バス便がない場所にあり、しかも訪問時には注文を受けた製品を届ける必要があるため、車での移動は必須である。

 その日の午後。C社長はB課長に尋ねた。

「明日の件、アポは取れたかな?」

「社長、困ったことになりました。A君が90日間の免停中で、車の運転ができないらしいんです」

「なにーっ!」

90日も車を運転できない営業課員には辞めてもらうよ

 C社長はすぐにAを呼び、免停の事実確認とその理由を尋ねた。そして事情を聞き終えると

「ウチには90日間も君を遊ばせておく余裕はない。会社を辞めてもらうよ」

 と話した。

「そんな……クビになったら、次に行くところがありません」

 Aは涙目になりながら訴え、B課長も

「いくら何でもクビは厳しすぎます。どうにかなりませんか?」

 とAを擁護した。B課長に決定を否定されたC社長は意固地になった。

「じゃあB課長がその『どうにか』とやらを調べて、私に教えてくれ。それと、明日の挨拶回りは私とB課長で行くから、A君は来なくていいよ」

 次の日の夕方。挨拶回りから戻ったB課長の元にAが駆け寄った。

「自分は本当にクビなんですか?そんなのイヤです。課長、助けてください」

 B課長は情けない気持ちになった。Aをクビにしないための方法が分からなかったのだ。しかしAに泣きつかれ、どうにかしなければと思ったその瞬間、あることを思いだした。

「確か2年前、新入社員の退職でもめた時、社長から新たに顧問社労士と契約したことを聞いたな。もしかしたらその人にA君のことを相談できるかもしれない」

 次の日、B課長はC社長に、

「A君がクビにならずに済む方法を相談したいので、顧問社労士の連絡先を教えてください」

 と頭を下げた。その熱意に押されたC社長は、自分が直接会うことにし、その場でD社労士に連絡、面談の約束を取り付けた。

 翌日の夕方。C社長は甲社を訪れたD社労士に、Aの件についてのいきさつを説明し、困った表情で尋ねた。

「私だって本当はA君をクビにしたいわけじゃない。しかし90日間の免停は長すぎます。その間営業の仕事はできないし、かといって他に割り当てる業務もない。だから辞めてもらうしかないと言ったところA君には泣きつかれ、B課長もクビには反対しています。うまい解決方法はないでしょうか?」

 D社労士はカバンの中からノートパソコンを取り出すと

「まず、免停について調べてみます」

 と言い、インターネットで検索した画面をC社長に見せた。

<免許停止(免停)処分とは>

免許の効力が一時的にストップすること。処分期間が終了すると効力が復活する

<免許取り消し処分とは>

免許を取得する以前の状態に戻ること。再度車を運転する場合は免許を取得する必要がある

「免停と免許取り消しの違いくらい知ってるよ」

「では、これはご存じですか?」

<免停の開始日はいつから数えるか>

 ・原則取り締まり日から1カ月後までの間に、警察から違反者宛てに通知書が送られてくる。違反者は通知書に記載された日時・場所へ出向き、所定の手続きをした後に、免停処分が決定される。

・従って免停の期間は出頭日からそれぞれの停止期間の満了日までになる。違反行為をしたときから運転が禁止されるわけではない。

<免許停止処分者講習とは>

 免停処分を受けた者が、少しでも早く運転を再開したい場合、任意で受けることができる講習で、受講終了後認められれば免停期間を短縮できるが、短縮期間は違反者によって異なる

 参考:警視庁「交通違反で取り締まりを受けてしまったら」

「自分は今まで免停処分になったことがないので、このことは知りませんでした。するとA君は今のところまだ車を運転することができますね」

「はい。しかし万一再度交通違反を起こした場合、処分が重くなるので免停期間が満了するまで運転をさせないことも考えられます」

「なるほど。じゃあ、A君には講習を受けてもらうことにして、これから免停期間が終わるまでの間、社用車の運転は禁止します」

「免停期間中に給与を払いたくない、出勤停止」はアリ?

 C社長は続けた。

「免停期間が短くなる方法が分かったので、彼をクビにはしませんが、仕事ができない間も給料を払い続けるのは避けたいので、出勤停止にすることは可能ですか?」

<出勤停止処分とは>

 〇懲戒処分(会社が就業規則違反などをした従業員に対して行う制裁のこと)の一種で、会社が従業員に対して一定期間就業を禁止(自宅謹慎)することをいう。

 〇出勤停止は制裁(労働関係上の不利益措置のこと)に当たるので、処分期間中の賃金は支給されない。

 〇出勤停止の期間は法律上の決まりはなく、企業が就業規則で上限を定める。

 出勤停止期間は、本来の労働日についてのみカウントする。例えば会社の休日が土日で出勤停止10日の処分とした場合、就業禁止期間は月曜日から翌週の金曜日までになる

 〇出勤停止期間中は従業員に就業義務がないため、年次有給休暇(有休)の取得はできない。

 〇甲社がAに対して出勤停止処分をする場合には、以下の条件を全部クリアする必要がある

 (1)就業規則の懲戒規定に「出勤停止」の定めがあること

 (2)(1)に該当する理由の中に「会社の職務が遂行できない場合」などの記載があること

 (3)処分を行うこと自体や、処分日数に対して合理的、社会通念上正当な理由があること

 (4)処分を行うとき、正しい手順を踏んでいること

 C社長は手元にあった就業規則を開き、懲戒規定の内容を確認したところ、出勤停止処分の定めはなかった。

「出勤停止もダメならどうすればいいんですか?」

「Aさんの処遇については、主に次の方法を取ることが考えられます」

<Aの処遇について>

(1)免停期間中のみ車の運転が必要ない部署に配置転換をする

 ・この期間の賃金は、配置転換後の部署での計算方法を採用することが認められる

(2)休職扱いにする

 ・休職とは、従業員が自己都合によって取得する長期休暇のこと。法律による定めがないので、会社独自の制度として運用するが、休職の種類とそれぞれの適用基準、休職できる日数などは就業規則への明記が必要である

 ・休職中の賃金は原則支給されないが、従業員としての身分は保証される

 C社長から、D社労士のアドバイス内容を聞いたB課長は、Aがクビにならずに済んだことに安堵した。そして2人はAの処遇などについて話し合った。

「まずA君が免停中の穴埋めですが、私を含めた課全体で何とかカバーします。しかしその間A君にはどんな仕事をさせますか?」

 C社長は腕組みをしながら言った。

「営業しか経験のない彼に他の業務をやらせるのは無理だろうし、人手も足りている。就業規則の定め通り休職してもらうしか方法がないね」

「そうですよね……」

 と言いかけたB課長は、再びひらめいた。それは……

免停中の営業マンでもできる仕事とは?

「いらっしゃいませ!お部屋にご案内します」

 Aは休職期間中、生活費を稼ぐためにC社長の許可を得て、B課長の実家である老舗温泉旅館「はなやぎ」で住み込み客室係として働くことになった。人手不足で困っていた女将(B課長の母)は、B課長から「しばらく部下を働かせてほしい」と頼まれて快く承知したのだ。

 笑顔できびきびと接客するAをとても気に入った女将は、仕事が終わると、

「会社なんか辞めてウチにいらっしゃいよ。何ならウチの娘(B課長の妹)と結婚して後を継いでもらいたいわ」

 と迫り、Aはそのたびに苦笑いを浮かべた。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。

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